Filigran.
…ん、何か音がする。
アラームかけてたっけ…。
ぼんやりとした頭でスマホを取り、
何となく画面を押すと「もしもし」と男の人の声が聞こえる。
…誰だろうか。
一応「もしも…し」と出ない声で返事をする。
ほっくんの声じゃない、あとかけてきそうな人は…。
未だに夢の中を揺蕩っていた私の耳に聞こえてきたのは、
「乙木今大丈夫?坂吉だけど」
…坂吉、先輩…。
せんぱい…え、先輩⁉
「あ、おはようございます!」
元気にそう返事すると、
「予定ある日にごめんね、ダメもとで電話かけてみたんだけど」
そう言えば私今日、予定ないのに休んでいるんでした…。
「あ、あと少しで家を出るところでして」
ちゃんと大嘘です。
予定なんて今から夜ごはん食べようか、ぐらいです。
「うん、ごめんね。」
電話を通すと坂吉先輩はいつもより低い声に聞こえるから、
誰だか分からない人みたいだ。
「今ね、『Glass Craft』のメンバーとマネージャーさん達が来てるんだけどね」
その言葉に、心臓が大きくドクリと反応する。
「えっと、何かあったんですか」
次に続く先輩の言葉が、私の脳では処理しきれない事柄だった。
「卒業発表した千夜弓弦くんっているでしょ?
彼が『雪乃って名前の女性を探してる』って言ってる」
…せんやゆづる、ゆきの、さがしてる?
頭が一瞬にしてパンクしてしまい、もう何も言えなくなってしまった私に先輩は続けた。
「『ここで働いているはずなのに、どうして今日はいない?』ってホールスタッフに聞いてる。
もちろん乙木の個人情報は伝えられないから答えてないんだけど、
もしかして本当に知り合いなのかなって、そう思って。」
弓弦君が私を探している?