Filigran.
彼は覚悟を決めたように口を開いて、
それでも一瞬泣きそうな表情になって、口を噤む。
何度かそれを繰り返したあとで、
あなたの決意が、世界を揺らして音になった。
「雪乃、好きだよ」
ずっと怯えていた言葉。
この言葉で夢が醒めるんじゃないかって、ずっと怖かった。
でもその怖さはこの人も一緒なんだ。
揺るぎない思いの下で、でも酷く不安そうな瞳で私の様子を窺っている。
その姿を見て込み上げるのは、
…愛おしい、大切だ、そばにいたい。
そんな、ずっと持っておきたい気持ちばかりだ。
ずっと返事をしない私を見て「…雪乃」と寂しそうな声をあげた弓弦君に、
私は勢いよく抱き着いて、その耳元で一番聞こえるように言った。
私の心のすべて、この言葉で差し出してしまおうと思った。
「私も好きだよ、弓弦君」
しばし呆然としていた弓弦君は、
宙を彷徨っていた腕で、しっかりと私を抱きとめて言った。
「…俺を、君の彼氏にしてください」
頼みごとをするとき、敬語になるのは弓弦君の癖。
「…もちろん。私で良ければ…ううん、私があなたの彼女になりたいから」
自分を卑下してしまうのは、私の良くない癖。
私の言葉に、泣きそうに微笑んだ弓弦君は、
「間違えてなかった」
「アイドルになったことも、雪乃と出会ったことも、この世界へ来たことも。」
「全部、全部、ぜんぶ…」
あなたを傷つけたものの中に、
私の言葉が存在している、その重さを思い知った。
「…弓弦君はそこにいるだけで大好きなんだよ。」
「アイドルしてても、してなくても。」
「あなたに出会ったその瞬間から、好きだった」
その言葉に彼はもう言葉を紡げないという顔をして、
両手で私の頬を優しく包んで持ち上げると、
熱の籠った甘い瞳で私を見つめる。
この人をクールだなんて、誰が言ったんだろう。
静かに近づく彼の影が、私に重なった。
一秒も見逃したくないほど美しい人の前で目を閉じて、
私はそれを受け入れた。
お互いに瞳を開けて見つめあって、
私ははじめて自分が恋に臆病であったことを許せた。
だって、こんなにも愛おしい人と知らない景色を見られるんだから。
「雪乃、もう俺は離してやれないよ。」
「だから俺にもっと愛される覚悟決めて」
心なしか掠れていて、重く鼓膜を揺らす声は
いつの歌声よりも妖艶で溶かされてしまいそう。
この人のこんな表情を見られるのは私だけであってほしい。
「…私もだよ。もうアイドルなんてさせない」
「私だけを愛してくれなきゃ許さないから」
手の届かない場所にいるはずの人が、手を伸ばしてくれた。
だけど臆病な手で、それを振り払ってしまった。
沈んでいく世界の中で、救いの手が、いくつもいくつも導いてくれた。
やっとつなげた手を、もう一度絡めて繋ぎ直して。
きっともう、
二度とほどけないくらい、強く。