愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください【コミカライズ原作】
「やえ、さっき何か言いかけてたけど?」

「あ、いいです。またあとで話します」

「そうか。わかった」

軽はずみに口にしてはいけない。ちゃんと考えて、それで自分なりの結論を出してから智光さんに伝えよう。

智光さんは業者さんを迎えに部屋を出ていった。

しん、と静まり返る部屋。この家で愛着があるのはやっぱりこの部屋だけかもしれない。

私は押入れの中にあるひとつのボックスを取り出した。唯一物が詰まっているボックスの中には、この家に引っ越す前までの思い出の写真と両親の形見が少し。とても大切な物。何もなくなっていないことを確認できてほっと胸を撫で下ろす。

「よかった……」

「よくねーんだよ」

ゾッとするほど不機嫌で地を這うような声に、跳び上がりそうになった。一気に体が強張り背中に冷たい汗が流れる。首をぐぎぎと振り向かせれば、部屋の入り口にお兄さんが立っていて、ボサボサ頭の前髪からギョロリと覗く目が私を刺すように射貫く。

「お……にい……さん……」

「あの石井ってやつよこしたのお前? 俺を犯罪者よばわりしやがって。……死んでくれねえかな」

ボソリと最後に不穏な言葉を発したお兄さんは私を一瞥すると、すっとその場を去った。
まるで金縛りにでもあったかのように体が動かない。けれど去り際に見えたお兄さんの右手。なにかがギラリと光を反射して――。

やばい、と本能的に感じた。
あれはもしかして刃物?
だとしたら石井さんが危ない。

――死んでくれねえかな

最後の言葉を思い出して血の気が引いた。

「待って、お兄さん!」

動かない体を無理やり前に進める。怖くて足がもつれそうになったけれど、それでも見て見ぬふりはできなかった。

だって石井さんは私のためにいろいろと対応してくれていて、智光さんの大事なお友達で、私なんかのために迷惑をかけたくないから。
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