愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください【コミカライズ原作】
「どうした、やえ?」

血相を変えて部屋を飛び出したところで、業者さんを引き連れた智光さんとぶつかりそうになった。そして私の尋常ならざる様子に眉根を寄せる。

「お兄さんは?」

「見ていないが?」

ということは、智光さんとは反対方向からリビングへ入ったということだ。リビングには二カ所入口があるから。

「石井さんがっ……お兄さんが刃物を持ってて!」

「っ!」

智光さんが慌ててリビングに入っていくのに私も続く。怖いだとか危ないだとか、そんなことを考えている余裕などなかった。とにかく止めなくちゃ、とそればかりで、最悪の事態だけは避けたいと体が動く。

「石井!」

リビングではお兄さんが刃物をぎらつかせながら、石井さんと対峙していた。叔父さんと叔母さんはなぜか二人で震え上がっていて、その姿を見た瞬間、何かがすっと冷えていくのを感じた。

叔父さんも叔母さんも、人間だった。刃物を怖がり、自分の息子を止めることはおろか、声をかけることすらしない。私に対して威圧的で高圧的な態度は、ただ虚勢を張っていただけ。

私は今まで何を怖がっていたのだろう。何のしがらみにとらわれて生きてきたのだろう。恐怖に支配されて周りが見えなくなっていたのだろうか。

十年もこんなちっぽけな世界で生きてきた私は本当に大バカ者だ。今ならわかる。智光さんが私を叔父さん叔母さんの呪いから救い出してくれたから。
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