愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください【コミカライズ原作】
「お兄さん、もうやめよう」
「うるせえんだよ!」
お兄さんは刃物をこちらに向ける。
鋭く尖ったサバイバルナイフは全員の足を止めた。
緊迫した場面に誰もが息をのむ。
石井さんが一歩前に出た。柔らかな笑顔はすっとなりを潜めとても冷ややかな口調で淡々と告げる。
「……君は執行猶予中だが。やめておいた方が賢明だよ」
「うるさい黙れ!」
興奮しているお兄さんはサバイバルナイフを振り上げる。私に向いていたナイフと視線が石井さんへと変わる。
じわり、と汗が滲んだ。
石井さんが危ない。
「死ねよ!」
「ダメ!」
「やえ!」
声が重なる。
なにもかもがスローモーションのように見えた。
私は無我夢中だった。
「うぐっ」
短いうめき声と共に、お兄さんがよろける。よろけたお兄さんの手が石井さんによって叩かれ、刃物が鈍い音を立てて床に転がり落ちた。
そこからはもう、連係プレーのように、お兄さんを取り押さえたり刃物を遠ざけたり、警察に電話したりと、引っ越し業者さんも巻き込んでの大騒動で大変なことになってしまった。
お兄さんに体当たりした私は勢いのまま床に転がり、智光さんに助けられるまで放心状態だった。心臓がバクバクして壊れてしまいそうだった。