愛されていると勘違いしそうなのでこれ以上優しくしないでください【コミカライズ原作】
「証人欄、書くんでしょう? 早く出しなさいな」
奥様がにこやかに智光さんをせっつく。
ぺらりと差し出した紙に、会長はさらさらと名前を書いた。
これで婚姻届が出来上がってしまった。
後は役所に出せば私たちは夫婦になる。
いいのだろうか、本当に。
智光さんの優しさに甘えてしまって抜け出せなくなる。智光さんの人生を奪ってしまう。
智光さんはそれでいいの……?
右手はまだかたく握られたまま。
智光さんの大きな手から伝わるぬくもり。
あったかくて離したくないと思ってしまう。
「やえちゃん、智光から少し聞いたけど、今までずいぶん苦労してきたんだって?」
「え……」
「わしが社長の時に気づいてやれんですまなかった」
会長は頭を下げるので私は慌てた。
「そんなっ、頭を上げてください。私は会長にはとても良くしてもらっているので感謝しかありません。だって会長が私を久賀産業へ入社させてくれたんです。久賀産業で働いていなかったら智光さんにも会えませんでしたし」
そうなんだ。
つらいことはたくさんあったし、苦労もたくさんした。
だけど、今の私があるのは久賀産業のおかげ。
久賀産業がなかったら、きっと私は闇に落ちていてもうこの世にはいなかったかもしれないんだ。
久賀産業が私を守ってくれて、いつだって心の拠り所だった。
「会長も智光さんも、いつも私のことを気にかけてくださってありがとうございます。私……なんだか夢を見ているみたいです」
嬉しい。
ずっと一人で抱えてきた問題を誰かと一緒に分かち合える日が来るなんて夢にも思わなかった。優しい言葉を掛けてくれるだなんて思ってもみなかった。
私さえ我慢すればいいんだってずっと疑っていなかった。
だからこんなに親身になって考えてくれることに胸がいっぱいで視界が揺れる。