ぼくの話をしようと思う
それから繭は、しばらく考え込んでいたけど、顔をあげて気を取り直したように言った。
『コウちゃんがいること、さっきファンの人が教えてくれたの。彼氏来てるよー!って』
たぶん、あの話しかけてきた女の人のことだと思う。
『びっくりしちゃった。舞台でしゃべってたら、急に客席からそう言われて』
『…朝、入り待ちしてたけど、すごい人で、会えなかったんだ…』
ポツリとそう言ったら、繭は少し笑って、ありがとうって言った。
『私、早く会いたくて、着替えもしないで、走りまわってさがしちゃった』
泣きながら笑うその顔は、今まで見た繭の表情の中で、いちばん悲しそうだった。
『…会えてうれしかった』
そう言って、繭は歩き出した。
ぼくは焦ったよ。
感動の再会をするはずだったのに、全身血まみれなんだから、話にならないよね。
抱きしめたくても、触るなって言われるしさ。
たしかに、あんなに美しい人に、こんな手で触っちゃいけないとは思うけど。
…文字通り、手の届かない存在ってやつ?
ほんっと…笑える。
でも、せめてもう少し時間がほしかった。
だからぼくは、繭!って叫んだけど、彼女は立ち止まらなかった。
…いや、止まれなかったんだ…。