ハニー・メモリー
 邪悪な声。嫌な予感かする。須藤は、ツカツカと真帆に詰め寄りながら言う。

「伯君のアパートで会ったんです。付き合っている人がいるから、もう二度と近寄るなって、あたしを睨みつけてきましたよ。あたしが妊娠していると言っても信じないんです」 

 やはり、伯は本気でこの子の事を嫌っているらしい。

「真帆さん、三十路ですよねーーー。伯君の好きな人って、あなたですよね……」

「えっ……」

 まさか、伯は、こんな奴に真帆の名前を漏らしたのか……。なんて迂闊な奴なんだと呆れていると、須藤が忌々しそうに言った。

「高校生の頃、伯君が付き合ってた年上の女にソックリだもん。すぐに分かったわ。貞子みたいな長い髪に鶴みたいな細い首の背の高い女……。ほんと、伯君ったら、趣味が悪いわ」

 ひどい言われようである。

「いい歳して、まさか、伯君と結婚なんて考えてないですよね。そんなの痛過ぎますよ。都合のいいセフレに決まってるじゃないですかぁ。自分の顔を鏡で見たらどうですか。かーなーりー、くたびれてますよ」

 この子は年齢の事で傷つけようと必死になっている。しかし、そんなことぐらいで真帆は怯まなかった。

「ても、あたし達はお互いを大切に思っているのよ」

 出来るだけ淡々とした声音で伝えると、悔しげに睨みつけてきたのである。

「おばさんが、年下のイケメンにゾッコンだなんてマジで笑えるんですけどーーー。ほんと、キモイわ」

 彼女は真帆を切り刻もうと必死になっている。

「最低だよね。アルバイトの講師の若い男に手を出すなんてさ、ほんと、イタイわ。信じられない。倫理感のない女が教育に携わってていいのかなーーー」

「なっ……」

 真帆は、出来る限り穏便に話すつもりでいたのだが、須藤は絶えず喧嘩腰だ。これでは埒が明かない。真帆は、どっと疲れを感じながらも、なるべく誠実な態度をとろうと試みる。

「話せば長くなるけれども、あたしと彼は、彼がアルバイト講師として来る前から出会っているの。その時から、彼は、あたしの事が好きだったみたいなの」

「はぁーーー。何なのよ。それ。伯が十代の頃から手を出してたりしたら、それこそ淫行だよ」

「あのね、そうじゃなくて……」

 どう説明すれいいのだろうか。伯が、ホームレスだった過去は話せない。
 
「とにかく、あたしの恋愛に関して、とやかく言われる筋合いはありません。あなたは講師に向いてないと思います。どうかお引取り下さい。あなたに相応しい別のバイトを探して下さい」

 切り捨てるように言うと建物へと入っていく。須藤と関わりたくない。もう、あの子の顔は二度と見たくない。

(あの子、本当にヤバイわ……)

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