ハニー・メモリー
 須藤から発する悪い靄が絡み付いて追いかけてくる。あんな子の事は忘れたいのに、嫌な予感に支配されて落ち着かなくなる。すると、その悪い予感は現実のものとなった。翌日、ネット上に真帆に関するありもしないデマが書き込まれたのである。

『学生時代の鐘紡真帆はデリヘルです』


             ☆

 午後、真帆が出社すると奇異な視線を浴びていたのだ。何とも言い難いチリチリとした嫌な空気に包まれている。

 透明な棘が身体に張り付いているかのような感じで居心地がよろしくない。

「鐘紡先生、これ、見ましたか?」

 アルバイト講師の女性が自分のタブレットを差し出して見せてくれたのだが、その書き込みに唖然となる。

『鐘紡真帆は人気風俗店に勤めていた』

 こういう類の妙なデマがネットを中心に拡散しているらしい。

 そんな馬鹿なと青褪めていると、困った事に本格的に事務所か騒がしくなってきた。塾の生徒の親達から真偽を問う電話が鳴りっ放しになっている。

 今回の騒動の犯人は須藤だという確信はあるけれども、証拠もないのに彼女に問い詰める訳にもいかない。警察に相談すると、もっと騒ぎが広がってしまうだろう。もう、お手上げだ。

(いちいち、こっちが反応したら須藤の思うツボかもしれないわ)

 鬱々とした表情で悩んでいると、以前、ここに乗り込んできた小野田翼の母親が、またしても険しい顔つきでクレームを言いに来たのである。

「鐘紡さん、これ、本当なの? この写真はあなたでしょう」

 ネットで拡散されている半裸の女の静止画の女の顔は、まぎれもなく真帆なのだが、ずいぶんと若い。

(あたしの若い頃の写真、どうやって入手したのよ?)

 衣装の雰囲気から察するに風俗店のホームページの写真のように見える。

「あなた、お若い頃に、このような事をしていたなんてね。ほんと。呆れたわ」

 違いますと言っても信じてもらえそうになかった。本部に連絡しますと母親は息巻いている。周囲に講師や事務員の好奇の視線が身体中に突き刺さり、泣き出しそうになる。

すると、大学生のアルバイト講師の男子が言った。

「あっ、これは完全にフェイクですよ。この顔は鐘紡さんですが胸がムチムチとして大きいでしょう。つーか、首と身体の繋ぎが甘いんだよなぁ」

 それを聞いたベテランの事務員の男性が言う。

「そうてすよ。最近は写真の加工なんて簡単にできますからね。わたしのようなおじさんでも十代に戻れるんですよ。加工アプリを使えば簡単です。今、おっさんの間で、自分の顔を若い女性に変換するってのが流行ってましてね。ほら、こうやるんです」

 そう言うと、ベテランの事務員は自慢げに見せてくれた。

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