ハニー・メモリー
「はい、これが元になるわたしの写真です。これを、女性化して若返らせてハリウッドメイクをしますと、こうなります。ほうら、すごいでしょう」
 
 おおーー。ミラクルだ。痩せて貧相なベテランの事務員の顔がエキゾチックな女性の顔になっている。女優の杏に似ている。このアプリ、まじでミラクルだと感心していると、更に教えてくれた。

「ちなみに、わたしの娘もこんな顔をしておりますよ。やはり、親子なんですな」

「す、すごいですね。ほんと、お二人は似てますね」

 おっさんが若い女の顔に加工できるのなら、三十路の真帆の写真を十代にするのなんて簡単な事だ。ベテランの事務員は真帆に対して気の毒そうに言った。

「しかし、あなたも大変ですな。こういう悪戯をする奴がいるんですね」

 少しずつ風向きが変わってきた。真帆は、小野田翼の母親に向けて告げた。

「信じて下さい。あれは加工されたものなんですよ」

 確かに、この流れでは真帆は誰かに嵌められたのだと分かったのだろう。それでも、チクリと苦言を呈したのだ。 

「でも、、あなた、人に恨みをかうような事をしたということなのよね? 試験に合格できなかった子供さんが、大勢いて、その中の誰かの仕業じゃないかしら?」 

 真帆に落ち度があるような物言いをしている。相変わらず手厳しい人だ。しかし、一理ある。塾の責任者として真帆は自らの至らなさをヒシヒシと感じて唇を噛み締めていく。

「とにかく、うちの子を動揺させないでいただけますか。大切な時期なんですよ。こんな事で生徒を動揺させないでもらいたいですのよ。優しいうちの娘は泣いてましたよ。ほんと、人騒がせな人ね」

 そういえば、今朝、塾に来てすぐに小野田翼は真帆に対してこんなふうに言っていたのだ。

『大人の世界にもイジメってあるんですね。あたしも中学の時、机に落書きされたのを思い出しちゃいました』

 小野田翼は過去の自分を重ねて悲しんでいたらしい。あれは、イジメというよりは、須藤のストーカー行為の延長戦上の凶行なのだが……。色んな人の憶測を呼ぶ事になり、真帆はホトホト困り果ている。

「す、すみません」

 薄っすらと目に涙を浮かべていると、さすかに、相手も引き下がったのだ。

「まぁいいわ。二度と、こんな騒ぎを起こさないで下さいね」

 とりあえず、真帆は塾の生徒や講師達に向けては別人だと説明する事で何とか終息している。

「鐘紡さんは美人だが胸が薄いもんな」

 事務員さん。聞えてますよ。

 ちなみに、塾の生徒達はこんなふうに分析している。

「あらら、真帆先生も災難だよね。昔、女子トイレを盗撮した生徒がいたよね。あいつのリベンジだと思うわ。あいつ、捕まった時、すげぇ顔してたもん」

「ありえるーーー。あいつならやりかねなーい」

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