ハニー・メモリー
 須藤は寝不足のようである。目が赤かった。苛々したように煙草をハンドバッグから取り出している。きっと、気持ちを落ち着かせたいのだろう。真帆はそんな須藤を突き放すように告げた。

「このビルは禁煙だよ」

「電子煙草だよ」

「それも駄目だよ」

「クソッ。何だよ。だったら、建物の外に出ようよ。それならいいよね。ああ、クソッ。あちぃ。ビールでも飲まないとやってらんない」

 飲酒? 須藤の腹部に目を向けてみるとワンピースを身につけていた。今日は、腰のラインがピッタリしたものだった。腹部に妊婦としての膨らみが少しも感じられない。

「もしかして、妊娠は嘘なの?」

「嘘じゃないよ。伯の子だもん。責任をとってもらうんだもん。それなのに、逃げるなんて酷いよ。なんで、急に消えるのよ」

 須藤は電子煙草を吹かしたまま、イラつきを剥き出しにしている。真帆は静かに問いかけた。

「ねぇ、もしかして、ネットに妙な書き込みをしたのはあなたなの?」
 
 すると、強い眼差しを向けてきた。もちろん、証拠はある。自称モサドが調べてくれたのだ。

「あなたは、大学の図書室のパソコンから書き込んでいたよね。あたし、色んなツテを使って、あなたのこと調べたよ」

 須藤が使った事が記録されている。もう言い逃れは出来ないと悟ったのか、須藤は声を荒らげた。

「だったら何だよ。あんたのせいだよ。伯君は、あたしの理想の人なんだよ。あたしは、この人に会うためにこの世に生まれてきたんだって思っているのにさ、伯君は、あんたか好きだって言うんだもん」

 その台詞。その思い込みの熱量。どこかで見たような気がする。真帆はデジャブを感じていた。須藤の一途さは少し前の自分に似ている。理想の人追いかける執念が痛々しい。

「こんなに好きなのに振り向いてくれないなんて酷いよ。運命の王子様なの。彼と結ばれる為に生まれきてきたのに」

 真帆も勝手な思い込みをエネルギーにして生きてきた。そんなイタイ自分だからこそ言える。

「須藤さん。自分に都合のいい偶像を追いかけても虚しいだけたと思うよ」

「何だよ。貧乳の癖に上から目線でうぜぇんだよ」

「そうだね。うざいよね」

 以前、伯は女性の話を聞いてあげるべきだって言っていたっけ。須藤の話をじくりと聞いてみたい。しかし、その前に、なぜ、ここまで固執するのか純粋に知りたくて尋ねた。

「あなたが王子さんを好きになった理由は何なの?」

 すると、須藤は大きな目を揺らして呟いたのだった。

「伯君だけは、あたしの胸を見なかったの」

「胸?」

「巨乳だから嫌だったの」

 昔から幼い顔とは不釣合いなボリュームがあったという。

「小学生の頃から胸が人より大きかったんだ。ほんと、うんざりしたわ」

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