ハニー・メモリー
 さぞかし自慢の胸に違いないと思っていたのだが、思春期の頃、童貞男子のいやらしい視線にうんざりしていたというのである。人それぞれ、悩みがあるらしい。真帆がもっと知りたいという顔をしていると、須藤はポソッボソッと話しだした。

『須藤ってエロイよな』

 思春期の頃、そんなふうに囁かれるのが嫌だった。電車の中でも痴漢に胸をもみくちゃにされる。被害に遭ったことを女子に相談したら、自慢していると嫌味を言われる。

「水泳の授業とか、もう最悪だったわ。体育の先生までもが、あたしをいやらしい目で眺めてた」

 だけど、伯だけは自分の事をそういう目で見つめて、ニヤっと笑ったりしない。中学二年の夏。苛められていると伯は、それをやめるようにクラスの女王様に注意してくれた。嬉しかった。それが好きになったきっかけだというのである。

「あたし、いつも、男子に視線で穢されているみたいで嫌だったけど、伯君は、あたしを普通の女の子として扱ってくれたの」

 クールな王子様。そんなふうに見えていたというのである。

「伯君のこと、中学生の頃から想ってた。告白したけど、断られたわ。あの人、あたしが、こんなに思っていのに、高校時代は貧乳の年上の女と付き合ってたの。ほんと、ムカつく」

 当時のことを思い返して悔しくなったのか、右手の親指の爪をギリギリと噛み続けている。

「大学に入ってからは彼女がいなくてホッとしていたんだよ。それなのに、あんたみたいなおばさんに興味を持つのよ?」

「そ、それは彼に聞いて……」
 
「ていうか、おばさん、伯君の居場所を教えてよ」

「本当に知らないわ。連絡もしていないもの。キッパリと別れたの」

「そんなの嘘だね」

「本当よ。塾も辞めてもらったのよ。信じられないのなら塾を隅々まで捜索してもいいよ。特別に許可するわ。あと、あたしの家に来てもいいわ。探偵でも何でも雇って行方を捜せばいいのよ。彼が、行方をくらましたのは、あなたが暴走したからなのよ」

「つーかさぁ、おばさんと付き合うから、こんな事になるんだよ」

「何を言ってるの。あなたが、ネットに変な事を書き込むから悪いのよ」

 そんな事を言い合っていると、前からエリカが近付いてきた。

「ああーーーーー。真帆先生、探したよ。なんで電話に出ないの」

「ごめんなさい。今、デスクで充電してるの」

「そうなんだ、あれれ、この人、誰?」

「須藤さんよ」

「ああーーー、こいつが例のイタイ女なんだね。なるほど、見た目も声もイタイわ」

 エリカの中で戦闘モードが入ったらしい。鬼の形相で睨み付けている。

< 109 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop