ハニー・メモリー
 学校でも同様の事件を起こして退学している事が分かったので、さっさと塾を辞めてもらっている。

 その後、何度か無言電話のようなものがかかってきたので心配していたけれど、今は、それもなくなっている。やっと塾に平和が戻って来た。そう思っていたのだが。

 一難去ってまた一難。先週、アルバイトの男性講師の田中尚登がすがりついてきたのである。

『助けてください。エリカちゃんにボディタッチされると、どうしても勃起しちゃいます。無理です』

 まさかの逆セクハラ。浪人生の道明寺エリカは初心な講師をからかってサボろうとする。

『僕以外の男子講師も、エリカちゃんに誘惑されて困っています。でも、そいつはゲイだから平気みたいですけどね』

『分かりました。田中君は担当しなくてもいいです』

 さて、誰にエリカを任せたらいいのか悩ましいところである。エリカは勉強したくなんくて抵抗している。

 ちなみに、アルバイトの講師の給与はコマ数によって決まっている。一コマ九十分。たいていの講師は一日ニコマから三コマをこなしている。急遽、募集をかけたところ一人の大学生が応募してきた。エントリーシートを斜め読みしたところ学歴は申し分なかった。

(ほう、東大法学部なのね。高校も偏差値が高いのね……。でも、偏差値以上に、コミュ力が必要だわ。さてさて、どんな感じの人なのかな)

 王子伯。モノクロの小さな写真を眺めていく。ピチッと髪をセンター分けにしている。黒縁の眼鏡の縁まで前髪がかかっており、どんな顔なのか今ひとつ分からない。

 はく? 変な名前だが、前に聞いたような気がする。むずい。もしかしたら、ジブリのアニメかもしれない……。ハク。そういうキャラクターがいたような……。

 午後二時。王子伯という東大生を面接をしようと迎え入れる。

「失礼します。王子伯です」

 ノックの後扉を開いて背の高い大学生が入ってきた。真帆は、うっかり、A4サイズの茶封筒を膝の上にバサッと落としてしまった。

 拾太郎が、なぜ、ここに! 履歴書の地味でダサイ写真のせいで気付けなかった。

 痛恨の極み。本名は、王子伯だったようだ。あの時の眼鏡と髪型が、あの時の拾太郎に戻っている。

(やたー、もう二度と会わないと思ってたのにーーーー)

 いやいや、動揺してはいけない。ひとまず落ち着くのだ。

(ホテルで、あたし、醜態を晒したんだよね……。まずいわ)

 背中にジンワリと嫌感じの汗が滲み出てきたが、それでも、面接を始める。内心は、泣き出しそうになっており声も震えていた。

「ど、どうして、ここに応募したのですか?」

「スケジュールが立て易いと思ったからです。それに、ヘルパーの仕事だと、お客さんに性的なサービスを泊められたり、異性として好かれて困ることもありますからね。ところで、失恋の傷は癒えましたか?」
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