ハニー・メモリー
「よく聞け。真帆先生は東大卒なんだよ。それに、真帆先生は料理上手なんだよ。おせち料理も簡単に作れちゃうんだよ。しかも、バージンなんだよ。あんた、処女じゃないだろう。中世の売春宿でも、処女はとびきり高く売れた。それだけ価値があるって事なんだよ。バーカ。悔しかった処女膜を再生しろってんだ」

 ありがとう。そこまでムキになってくれて。でも、それを大声で言うのは勘弁して……。

 しかし、エリカは全身全霊で須藤を叱責している。

「あんたが、変な小細工したせいで真帆先生は色々と苦労してんだよ。元々、スリムなのに、げっそり痩せちゃったんだよ。てめぇのせいで、みんなが迷惑してんだよ」

「そんなの知ったことじゃないわよ」

「あんたみたいなヤバイ子を王子先生が選ぶ訳がないじゃん。いいから、とっとと諦めな」

「あたし、伯君でないと絶対に無理なのーーー」

「うるせぇ。おまえ、ロリ顔なんだから、それなりにモテるだろう」

 エリカが吼えると須藤が唸って踏ん張るようにして言い返す。

「他の男とエッチしても少しも嬉しくなかったわ。ぜんぜん満たされないの。やればやるほど。心の奥底がスカスカになるの。伯君に近付く為に、あたしも色々と努力したけど、振り向いてくれないんだもの」

 片思いをこじらせるとやっかいだ。真帆も、その痛々しさの内実を分かっている。

「そっか……。辛いよね。あんまりにも辛くて暴走しちゃったんだよね。分かるわ」

 長い間。真帆は東堂のことだけが好きだった。お星様に両思いになれますようにと泣きながら願った夜もある。剣道着の匂いをクンクンと嗅いだこともある。

 しかし、愛した人はドMだった……。

 理想と現実は違う。今振り返ると、勝手に夢見ている時が自分にとっては最も心地が良くて満たされていた。夢想しているのは楽しい。けれども、不都合な現実を受け入れるのは辛い。でも、いつかは受け入れなくちゃいけない。

「いつか、自然に運命の人と出会うわ。あたしがそうだもの」

 ギュッ。まるで自分の分身を包み込むかのように抱きしめる。

「あたしには、あなたの葛藤や未練が分かるわ。心の中でこじらせたものは、なかなか消えないものなのよ」

 天国への案内人のような心境で真帆はこんなことを祈っていた。さぁ、想いよ逝きなさい。その胸で固まった毛玉を解放してあげなさい。手放すという言葉は、文字通り、自分から放すことなのだ。執着心を捨てるのというのは、自分の一部を切り離すのと同じ。かなりの勇気が必要だ。

(寂しくて、辛くて、怖くなるよね……。想いを手放すってことは過去の自分が剥がれていくことなんだもの)

 もう一人の自分に言い聞かせるように須藤の頭を撫でながら、真帆は優しく告げていく。

「人生はチョコレートボックスなんだよ。開けてみないと分からないんだよ」

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