ハニー・メモリー
 須藤は、闇雲に走り出していた。しかし、その時、直進しているウーバーの自転車と須藤がぶつかりそうになったのだ。

「待ちなさい」

 間一髪のタイミングで自転車が通り抜けていく。真帆は背後から羽交い絞めにする。柔道の寝技のように、しっかりと須藤を押さえ込む事で事故から守ったのた。須藤に抱きついたまま言う。

「いいわね。二百メートル向こうの信号機のある横断歩道を渡るのよ」

 うるせぇよ。おまえは母親なのかよ。ああ、苛々する。

「ま、真帆先生、あぶないよ」

 エリカは心配そうに真帆に手を差し伸べている。

 須藤はスタスタと歩き出していた。横断歩道のあるところまで向かうところだった。ふと振り返ると、真帆はずっとこちらを見守っていたのである。

「いいわね。ちゃんと帰るのよ。自殺とかしたら駄目なんだからね」

 須藤は、なんで、真帆が、こんなに一生懸命になっているのか理解は出来ない、何なのだ。この女は……。真帆の微笑みは聖母のように清らがで、その声音は健やかだ。

 キラキラとした太陽の雫のようなものが胸にスコンと落ちてきた。誰かに心配されたのは久しぶりだ。

「馬鹿みたい……。あたしが死ぬ訳ないじゃん」

 そんな須藤は泣きそうな顔をしている。

「まじでうぜぇ。あたしのことなんて放っておいてよ。もう、どうでもいいよ」

 真帆に対してフッと笑うと、そのまま立ち去ったのだった。
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