ハニー・メモリー
 立派な建物だ。ここの老人ホームは裕福な人でないと入るのは難しい。

「あたし、実の息子がいるけれど、王子君の方が、あたしにとっては身近な存在よ。何しろ、あの子が高校生の頃から、あの子を雇っているんだもの」

 老婦人は、しみじみとした声で呟いている。

「あの子、色んなバイトを掛け持ちしながら暮らしていたの。ずーっと働き詰めなの。たまには、のんびりと一人でボーッとするのも悪くないわよ。付きまとう変な女の子がいるそうね。まだ、あなたは困っているの?」

「いえ、それは解決したと思います」

「そう。それなら良かったわ」

 老婦人は、真帆の手を握ると言い聞かせるように囁いた。

「あの子は、ずっと誰かに恋していたわ。あなただったのね、会えて光栄だわ。お願いよ。あの子を幸せにしてあげてね」
 
「でも、あたし、年上なんです。十歳ほど離れています」

 だから、色々と迷う事もある。こんな自分でいいのだろうか。結婚や出産。そして、子育てといったことを行なう上で歳の差が弊害にならないとは言い切れない。

「あら、お馬鹿さんね。年齢なんて関係ないわ。あたしの二番目の夫も七歳ほど年下だったけど、仲良く暮らしたわよ。夫が心臓発作で倒れる日までは……。いいこと、人生は一度しかないの。他人の目よりも自分の気持ちに従いなさい。あなたは、王子君のこと、どう思ってるの」

「好きです」

「そうよね。そうでなきゃ、こんなところまで辿り着かないわよね。あなた、真剣な目をしているわ。今すぐに会いたくてたまらないのね」

 そうなのだ。彼に会うためならこの世の果てまでも行くつもりでいる。

「あたくしからのアドバイスよ。信じて待ちなさい。あの子は、いつか、あなたの元に帰ってきますとも」

「なぜ、そう言い切れるのですか?」

「だって、あの子は、あなたを愛する為に生まれてきたんだもの。あの子は、あなたに会わずにはいられない。だから、あなたは信じて待っていればいいのよ」

 大河のようにおおらかな表情で、ゆっくりと告げている。

「恋は人を変えるわ。人の心が王国だとしたなら、恋というのは革命のようなものなの。みんな、真剣な恋には臆病になりがちね。でもね。愛する人の為に、あなたも成長しないといけないわね」

 そうなのだ。向き合わなければならない。本気で伯と付き合うつもりなら、自分も覚悟を決めなければならない。

 真帆は、もっと伯について知りたかった。彼と親しくしていたこの人を、自分も大切にしたい。だから、こう告げていた。

「あの、もしも迷惑でなければ、彼が戻ってくるまで、彼の代わりに本の朗読をします……」

「あら、嬉しいわね。あたくし、本の続きが気になっていたのよ」

 本を読み終えると、老婦人は真帆の知らなかった伯の高校時代について教えてくれた。

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