ハニー・メモリー
「あの子の父親は優しいけれど、少し馬鹿なのよ。いえ、偏差値は高いのよ。なんというか、お人よしってやつなのよ、あの子が高校三年になった時、父親は友達に二百万円も貸して持ち逃げされたのよ。それで、あの子、色々なバイトを掛け持ちしながら、自分の携帯代やら、生活費を稼いでいたのね。あの子は父親のことは少しも悪く言わないのよね。それどころか、父さんは優しいって自慢するの」

 伯にとって、父親の存在がすべてだったに違いない。

 その父か亡くなって心の傷が癒えていない状態で真帆と揉めてしまっている。なんで、あんなふうに責めてしまったのか。本当は、ギュッと抱き締めるべきだった。

(須藤さんのことで疑心暗鬼になっていたとはいえ、あたしは、あんなふうに情緒不安定になってしまって、伯に対してひどいことを言ったわ)

 会いたい。今度こそ、この想いのすべてを伯に注ぎたい。

 その翌週も真帆は老婦人のもとへと訪れたのである。すると、また、ひとつ、伯について話してくれた。

「あの子、高校時代、柔道部に入っていたのよ。部活をしながら、アルバイトもして東大を目指していたの。睡眠時間を削って努力していたのよ。とにかく、弱音は吐かない子だったわね」

 伯の人生は色々と大変なものだったのだ。いつも、飄々としているように見える。けれど、泣きたい様な夜もあったのだろう。

「また、来ます」

 真帆は、そう呟くと部屋から退室したのである。


         ☆

 伯は一人で海を見つめていた。

 トランクにすべての荷物を詰めてここに来ている。

 ストーカーの怖ろしさとしつこさ。その、粘着質な暑苦しい衝動をよく理解している。

 須藤は馬鹿な女そのものだ。童顔でベタベタした声質の須藤なんて何の魅力も感じない。最初から問題外だった。というより、はっきり言って嫌いなタイプだった。

 昔から、須藤はクラスメイトからハブられていた。須藤の下駄箱の靴が泥まみれになっていたりする。中学生の頃、伯は、苛めグループののリーダーである派手な女子に告げた事がある。

「おい、おまえ、須藤なんかに絡むのはやめた方がいいぜ」

「だけど、須藤、あたしの彼氏を誘惑したんだよ」

「そうだとしても、須藤なんかに絡むとやっかいだぞ。おまえの彼氏、おまえがバレー部で練習して、デートの回数が減って寂しがってたんだよ。だから、須藤に手を出そうとしたんだよ」

「何よ。あたしが悪いっての?」

「いや、彼氏はおまえの事が好きなんだ。なぁ、こんな事、彼氏にバレたら、あいつ、どん引きしてしまうぞ」

 そんなふうに言ったのには理由があった。

 以前、須藤は自分を苛めた別の女子の水筒に便所の水のようなものを入れおり、その女子は腹痛で入院している。

< 116 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop