ハニー・メモリー
 他校の女子生徒は、東堂の顔を見る為に文化祭に訪れている。女子の東堂への熱狂振りは凄まじいものがある。

『東堂様、彼女いないのかな?』

『生徒会の女と図書館でデートしているのを見た事あるけど、あんな地味な女とじゃ釣り合わないよね』

『地味かなぁ。けっこう美人だよ』

『ええーーー。あんなガリガリ、たいした事ないってば』

 真帆の悪口を言う馬鹿女を見て腹が立った。伯は、噛んでいたガムを、その女の髪の毛につけたい衝動に駆られたのだが、それは何とか抑制したのだ。

 真帆が夢中になっている男の不幸を祈った。あいつが死ねば、お姉ちゃんはフリーになる。それを想像すると少しは胸がスッとなる。

 小学生のガキが何を血迷っていたのか。今、思うとイタイ。でも、気持ちは止められない。

 真帆の自宅に張り付いていても真帆と出会うことは出来なくて、真帆の父親に、君は、あの時の子だねと言われて慌てて会釈していた。やってることは、まさにストーカーだった。
 
『えーっと、王子君だね。父さんはお元気なのかね』

『はい。元気です。あの、お礼を言いに来ました』

 咄嗟に嘘をつくと、真帆の父親は喜んで伯を自宅に招いてお茶も出してくれたのだ。ここにいれば真帆に会えると思ったけれど、日が暮れても帰ってこなかった。

『あの、お姉さんは……』

『ああ、最近の真帆は学校を終えると個別指導の塾に行ったんだよ。受験に備えて猛勉強をしているよ。本人は東大に行くと言っているが、さすがに無理だと思うよ。まぁ、あの子の先輩の東堂君は合格間違いなしのようだけどね』

 高校三年の東堂は東大の医学部を目指しているというのを知って、真帆も東大受験を決意したというのである。

 当時の伯は子供だったけれど、東大が凄いところだという事は知っている。

 あのイケメンは、顔だけじゃなくて頭もいいのか。

 それでも、伯は、東堂の嫌な点を見つけようとムキになった。貧弱なガキが何を血迷っていたのだろう。

 どこからどう眺めても、イケメンでエリートの東堂に欠点はなかった。

 近所の人には挨拶をして、その人が大きな荷物を持っていたりすると、さりげなく持ってあげている。電車に乗った時、スカートの下にスマホを挿しこんで盗撮するサラリーマンを見かけると、迷うことなく、その腕を掴んで注意している。

 一番、ビックリしたのは、住宅街の舗道を歩いていた、おばぁさんが転んだはずみで脱糞した時だった。

『おばぁさん、大丈夫ですか?』

『いえ、あの……。ど、どうしましょう』

 ひどいニオイが充満していた。下痢だったのかもしれない。背中が深く曲がった老人といえども、女性である。灰色のスカートの臀部の辺りは汚れているが、東堂は、まったく、何事もなかったかのように囁いたのだった。

『脚は大丈夫ですか』

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