ハニー・メモリー
 それなのに、スマホ片手に陽気に話しながら、一人の女子生徒が自習室へと入ってきたものだから、ああ、またかと真帆は密やかに苦笑した。戸口に立ったまま携帯を手にしているのは問題児のエリカである。

「今夜? いいよーー。どのホテルにする? 木馬があるホテルがいいの? やーだ、相変わらず欲張りだね」

 どう考えても塾で話すようなことではない。エリカの斜め後ろの席にいる宮森がうんざりしてジロッと睨んでいる。

(きっと、ホテルで女子会とかしているのね……)

 真帆は、エリカの肩をポンッと叩く。 

「道明寺さん。お願いだから静かにしてね。お友達と話す暇があるなら英単語の一つでも覚えたらどうかな。医学部に入りたいんでしょう?」

 お金持ちのエリカはモデルのように華やかな装いをしている。

 メイクもバッチリだ。そのまま、読者モデルとして雑誌の撮影に出てもおかしくないほどの仕上がりだ。明るいブラウンの髪にピンクのメッシュが入っていて、いかにも、今時の女子という感じである。

「はーい。すみませーん」

 素直に謝ると自習室から出て行った。どうやら、女子トイレの個室で話すつもりのようである。

 偏差値の低い生徒は、この塾に入れないことになっている。だが、エリカの母親は、塾の経営者を口説き落として、出来の悪い娘を強引にねじ込んできたのだが……。本人はやる気ゼロである。

(あーー、駄目だ、塾の講師が、いくら立派でも、やる気のない生徒はどうしようないんだけどなぁ……)

 去年の暮れから男子学生の家庭教師をつけていたが、母親が留守ということもあり、エリカが男子学生を誘惑した為に勉強にならなかったらしい。二人でアニメを観ていたというのだから、嘆かわしい。

 次に、エリート女子の家庭教師を雇ったところエリカが彼女にメイクを教えたりして、ガールズトークの場にしてしまい、勉強にはならなかったというのだ。

 堅物女子大生がエリカに篭絡されていく様子が目に浮かぶようだ。

『さすがに、ここならば安心だと思って連れてまいりましたの。うちの子が馬鹿なのは承知していますが、どうしても医院を継いでもらいたいのですわ』

 エリカは明るくて元気で溌剌としている。真帆は、けっこう好きだが、オカッパ頭の宮森はエリカのことを嫌っている。エリカの姿が見えなくなると、すぐさま暗い顔で打ち明けてきた。

「真帆先生、ちょっといいですか? 道明寺さん、塾の帰りにお金持ちっぽい男の人とデートしています。先刻もホテルに行く約束をしてました。ほんと、やだ……。うちの近所にあるんですけど、物凄く、いかがわしいホテルなんです」

 えっ、先刻の会話の相手は男性だったの? ひょっとして、ラブホの事かしらと遠慮がちに目で尋ねると、彼女は苦い顔つきのままコクンと重たく頷いた。

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