ハニー・メモリー
 現役高校生の宮森にとっては、ラブホなどは魔窟。

 成人している真帆でさえ一度も踏み入れたことがない異世界だ。

「そ、そうなのね。分かったわ」

 一応、そんなふうに宮森には答えたものの戸惑っていた。塾は、勉強を教えるところであって、私生活を諌めるような場所ではないけれど、エリカが援助交際をしているのなら、危険なことから守りたい。それに、エリカの成績が伸びなくて受験に失敗したとしても、これは塾のせいではありませんよという証拠になるかもしれない。

 というか、それを理由にエリカのママに医学部の受験を諦めてもらう方向に持って行くのもいいだろう。よし、とりあえず、エリカがどんなことをやらかしているか確認しよう。

「先生、さようなら」

 午後八時。エリカは元気に挨拶して帰っていく。その様子を離れた場所から観察していた。おかしい。いつもは電車の駅へと向かっているというのに、今夜は路線バスに乗り込んでいる。真帆は密やかにエリカを追跡することにした。

 バレやしないかとハラハラしていたけれど、エリカはスマホに視線を注いでおり夢中で何か視聴しているので後方から見張っている真帆には一ミリも気付いていない。

 ピンポーン。降車ボタンを押したエリカが十五分後にバスから降りた。

 真帆も慌てて降りた。エリカはバス停沿いの舗道を一人で進んでいる。この界隈は、いわゆる狭小ビルが建ち並ぶ地域だった。ビルのテナントにはスナックや歯医者や怪しげなエステなどが入っている。
 
 通りの奥にはラブホテルが並んでいるようである。高卒のエリカは年齢的には成人しているけれども、その後姿は少女のように見える。

(こんな時刻に誰と会うつもりなの?)

 色々と心配になり尾行せずにはいられない。お金を使って若い子を誘うような男はろくなもんではないだろう。

(だいたいね、パパ活をする男は、きっと性欲の塊に違いないのよ……)

 現行犯で、おっさんを確保してやるぞと意気込みながら歩いていると、舗道の前方には医学書を扱う古書店があることに気付いた。店頭に佇む男性のシルエットはスラリとしている。

 真帆は瞠目していた。すごいオーラである。絵画の中から抜け出たように凛々しくて……。そして、万人を魅了する輝きに満ちている。

(ま、まさか……) 

 スラリとした脚。華やかな顔立ち。フアッとした癖毛。程よく鍛えられた体躯。そして、大人の魅力に満ちた穏やかな微笑み。

 ま、間違いない! あの人はスーパーエリートの東堂秀吉なんですけど……。ザワザワと、嵐の最中のサトウキビ畑のように心が揺らぐ。

「おじさん、お待たせ~」

 エリカはそう言うと、東堂の腕にしがみつくようにして腕を組んで歩き出した。古書店の脇の小道を右折して裏通りへと進んでいる。

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