ハニー・メモリー
2
 ハァハァ。二百メートルほどを一心不乱に走り抜けていったのだが、もう、走れない。

 喉がゼイゼイと渇いてきた。どこかで休みたい。ちょうど、蔦の絡まる平屋の喫茶店が目に付いたのでドアを開けた。そうだ、ここにしよう。真帆、古びた喫茶店にエリカを連れ込んだ。

 何か飲んで、とにかく、一旦、落ち着こう。

 白髪で痩身の物静かなマスターが丁寧にコーヒーを抽出しており、芳醇な香りがここまで漂ってくる。

 煉瓦調の外観の昔ながらの純喫茶である。木製の衝立に囲まれた席に座ると尋問していく。聞きたいことは山積みだ。

「あなた、東堂さんと、あんなところで何をしていたのよ! あそこはホテルだってみと分かってるよね?」

「おじさんはエリカの友達なんだよ」

 この子は、自分のことを『エリカ』と言う癖がある。

「友達って……。どこでどうやって知り合うのよ!」

「ネットだよ。それがさ、どう考えても、エリカが医者になるなんて無理じゃん。ほんと、毎日、いキツクてさぁ……」

 抹茶ラテをフーッフーッと何度も吐息で冷ましながら、ツラツラと経緯を語り始めている。

「うちっても、明治維新の頃から医師の家系なの。おじぃちゃんは道明寺クリニックの院長だったの。今は、ママが院長をやってるんだ」

 ママの枝里子が医師免許を取得したのが二十二年前のことである。その後、結婚して夫婦でクリニックを切り盛りしてきた。

「ママのお兄さんが大学生の時に海難事故で死んだの。それで、ママが跡取りになったんだけど、医者として働きつめで忙しくてさぁ、エリカ以外の子を作る暇かなかったの。そうこうしているうちに、離婚したの。前の旦那さんと財産分与のことで色々と揉めてる。ママ、どうしても、エリカに継いでもらいたいって言うの」
 
 ママは、エリカを医者にしようと必死になり、高校二年の夏頃からは、友達と遊ぶのも禁止した。それでも、受験に失敗して浪人生になると、ママは、エリカを叱り飛ばしたという。

「みんなは女子大生になって大学でコンパしているっていうのに、勉強ばっかで苛々するからさぁ、ドMが集うオンラインゲームに参加して、そこにいた奴等をからかって荒らそうと思ったの。変態を抹殺する勢いで罵倒してやったの。そしたら、いつの間にか、アイドルみたいになっちゃってさ……、いやぁ、人生って何が起きるか分からないよね」

 そこに集う彼等は一級品の変態ばかり。激しく罵倒してくれてありがとう。Mの人達から絶賛されて戸惑ったが悪い気はしなかったという。

 真帆はオンラインゲームをやったことがない。ドMの勇者や賢者が集うギルドというのはどんな感じなのか……。未知の世界過ぎて全容がつかめやしないが、ゲームの世界で知り合った相手と仲良くなるというのは分かる。

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