ハニー・メモリー
 いやいや、ここで呑気にノスタルジーに浸っている場合ではない。

「東堂さんと会わないと誓いなさい。親御さんに内緒にしてあげる。ちゃんと勉強に集中してよ。援助交際で報酬を得るなんて良くないよ」

「でもさぁ、サイトで自分の特技を売る人がいるじゃん。イラストを描きますとか、レンタル彼女になりますとか……。立派な労働だよね。メイド喫茶とかもいかがわしくないよね」

「あなたは浪人生なんだよ。今度も試験に落ちたら塾に通い続けることになるよ。ママが泣くよ。クリニッツクの将来は、あなたの肩にかかっているんでしょう」

「はぁーい。分かりました」

 素直に返事をしたのだが……。ふと、エリカは顔を曇らせた。

「だけど、エリカが相手をしてあげないとね。おじさんのストレスが溜まっちゃうよ。医者って大変みたいだよ。人の命もかかってるしさ、おじさんには息抜きをして欲しい。真帆先生、才能がありそうだから代わりにお尻を叩いてあげなよ。元婚約者なんでしょう?」

「や、やりません。そんなことは致しません!」

 こんな衝撃的な事実を知ってしまうなんて……。ショックが大き過ぎて頭かどうにかなりそうになる。別れ際、エリカは無邪気に手を振り、改札口を通り抜けていったのだ。

 ヒラヒラと軽やかな後姿は童女のようなエリカに対して怒る気も失せていた。

(あの子にとって、ラブホもスタバもマックも同じようなものなのかな……) 

 どうせなら、先輩がドMではなく、オレ様全開のドS男子なら良かったのに……。

『おまえは、オレのことだけ見ていればいいんたよ』

 とか、言いながら顎クイとか床ドンをしたら似合うのに。まさかのドMだなんて……。

 彼の祖母の梅が、その事実を知ったら、どう思うのだろうか。堅物の梅は東堂の教育に熱心だった。五歳の東堂がオネショをすると押入れに閉じ込め叱咤していたらしい。嫁に当たる東堂薫子さんが教えてくれたのである。

『お義母様は、いつも秀吉さんに厳しいの。だけど、テストでいい成績をとる度に、お義母様は、御近所の人達に自慢してたのよ。ああいうのをツンデレっていうのかしらね』

 高齢の梅は、一日も早く東堂に結婚してもらいたいと思っている。
 
 長男が信玄。次男が利休。どちらも医師で妻帯者。

 長男と次男の嫁は同居を拒んでいる。真帆は同居しますと言うと、梅は喜んでいた。

『あなたなら安心して任せられるわ。秀吉は、ああ見えて、甘えん坊なところがあるから、支えてやってね』

 東堂秀吉、彼は、頭脳明晰で清く正しく美しくて真面目だが、堅物という訳でもなくて、すべての人達に対して気さくで、みんなから尊敬されていた。

(あたしは、本当の彼の姿を知らないまま恋心を抱いていたってことなのね……別れて正解だったのかもしれないな)

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