ハニー・メモリー
 いや、でも……。かさぶたのように未練が胸の奥底でジクジクと疼いている。

(だって、先輩は、あたしのすべてだったんだものーーーー。彼は、特別なダーリンなんだもの)

 ああーーー。大きな声で叫びたい。

『王様の耳は驢馬の耳。先輩はドMの倒錯者ーーーーーーーーー。変態だぁーーーーー』

 こんなの耐えられない。頭の中は混沌としていてどうにもならない。どっと疲れてしまい、真帆にはお手上げである。

        ☆

 昨日はショックが大きくて眠れなかった。鏡を見るとうんざりする。目の下のクマが痛々しい。

(はぁーーー。参ったなぁ~)

 しかし、プライベートなことて頭を悩ませるている余裕などなかった。

(さぁ、仕事よ!)

 夏休みの夏期講習にどれだけ生徒を集められるか……。これもまた悩ましいところである。

 塾の本部は成績と収益を上げることを真帆に対して課している。

(少子化のせいで、年々、経営は厳しくなっているんだよね……)

 毎年、本部からのノルマがプレッシャーになっている。責任者として頑張らなくてはならない。、東堂への邪念のせいで集中できない。私生活と仕事のダブルの圧で胃がシクシクと痛くなってくる。

「真帆さん、御手製のお弁当ですか? 豪華ですね」

 不意に話しかけられた真帆はドキッとして肩を揺らしていた。ヨガをするようにして呼吸を整えながら振り返ると、伯がストンと軽やかに隣の席に座った。いつものことだが、伯は、いい匂いがする。

 香水でもなさそうだし、何だろう。

 今日は土曜日。講師陣も真帆も午前中からずっと働いている。

 伯は、アルバイトの講師としてお試し期間だ。他の講師に仕事の手順や要点を教わっている真っ最中である。

「王子君、パンだけなの?」

 伯が手にしているクリームパンに視線を向ける。彼は、ええそうなんですと言うように肩をすくめている。

「そんなんじゃ栄養が足りないよ。あたしのお弁当で良かったらあげるよ」

「ありがとうございます。助かります。真帆さんは何も食べないんですか?」

「あたし、今日は果物だけでいいわ」

 デザートとして、パイナップルを持参している。真帆の父親が、隣の家のおばぁさんが振り込め詐欺に遭いそうになり、それを助けたので、パイナップルをいただいたのだ。

 そういえば、去年も、父は、自宅にある貴金属を売るように迫ってきた人からおばぁさんを助けている。あの時は、確か、大きなスイカを貰ったんだっけ。

『真帆ちゃんは果物が好きだから、いっぱい食べてね』

 そんなふうに、お隣のおばぁちゃんは、よく真帆に果物を分けてくれていたのだ。ちなみに、真帆は果物の中で一番好きなのがパイナップルである。

「真帆さん、パイナップルが大好きなんですね。ミックスジュースにもパイナップルを入れて作っているそうですね」

< 20 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop