ハニー・メモリー
 不意に、そんなことを言われてドキッとした。

「あっ、うん」

 前に会った時に、そんな話をしたのだろうか? そんな事、言った覚えはないのだが……。まぁ、いいか。

 真帆は、大勢とフランクに話をするタイプだと自負しているけれど、講師の人達の中には、休憩している時ぐらいは一人の時間を過ごしたいというタイプもいる。

 伯は、始終、真帆に対して微笑んでいる。

 ここは講師達が休憩したりミーティングをする部屋。長いテーブルが置かれている。横並びで食べながら、問題児のエリカの取り扱いについて説明する。

「ということだから、道明寺さんにセクハラされそうにったら、すぐにかわしてね。そういうのが苦手なら、あの子を担当しなくてもいいよ」

 すると、彼は、楽しげに肩を揺らした。

「高校生の頃、電車通学していた時、オカマに触られていましたから耐性はあります。それに、小学生の頃、変なおじさんに押し倒されて顔や胸を舐めまわされたこともあります」

 はぁ? 生真面目な真帆はギョッとして心配そうに上目になり聞き返す。

「それ、虐待事件?」

「いや、ホームレスのおっさんが寝惚けただけですよ。死んだ奥さんと間違えて僕を抱こうとしたんで、周囲のホームレスが引き剥がしてくれました。子供の頃、ホームレスの人達と一緒に河川敷で遊んでいたんです。震災がきっかけで失業した人や、子供を事故で亡くして心が壊れてしまった人とか色々いましたよ」

「へーえ、そうなんだ」

 なかなか、興味深い交友関係である。色んな世代の人と仲良くなるのはいいことだ。

「なんでホームレスに石を投げたりする人がいるんでしょうね。生活保護を受けずに自力で頑張ろうとしているだけなのに……」

 唐揚げを美味しそうに頬ばる伯の横顔は哀しげに曇っている。真帆は何気なく呟く。

「うーん、お風呂に入ってないと臭うでしょう? それで嫌われるのかな。前に、図書館でホームレスのおばぁさんが入ってきた時に、あたしも悪臭に驚いた事があるんだ」

「銭湯って、けっこうかかりますからね。所得のない人には厳しいんですよ。彼等は深夜の公園の水道水をたらいに入れて頭を洗ってましたよ。でも、そこを狙って襲うヤンキーがいるから要注意なんです」

「えっ……。そうなの? やけに詳しいね。ほんとに仲が良かったんだね」
 
 真帆が目を丸めていると、伯が、どこか痛みを疼かせているかのように頷いた。

「弱い人を笑ったり貶めたりするような奴は最低です」

「確かに、そうだよね。そういうのは卑怯だよね。胸が痛むよね」

 怠けているからホームレスになったとは限らない。むしろ、ギリギリまで自分で頑張ろうとして外で暮らしている人もいる。

 何となく、しみじみしていると、伯は会話を仕切りなおすように言った。

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