ハニー・メモリー
「真帆さんの唐揚げ、ほんと美味しいな。隠し味としてナンプラー入ってますよね」

「正解。よく分かったね」

「僕の家の唐揚げにも入ってましたよ。父親が調理師免許を持っていまして、毎日、お弁当を作ってくれたんです」

「それなら、お母さんはラクだね」

「僕には母なんていません。僕が七歳になる少し前に男と駆け落ちして出て行ったんです。うちは小さな中華料理店を営んでいたんですよ。母は、油にまみれる生活が嫌になって旦那と子供を捨てたんです」

 なかなかディープな内容だというのに淡々と語っている。 

「父の貯金通帳を盗んで、机の上に離婚届を置いて逃げたんです。残された父は泣いてましたよ。母さんの代わりのバイトを雇うと家賃も払えなくなって廃業しました。そこからは、日雇いの仕事をするようになって……。父が腕を怪我して日雇いの仕事すら出来ないくなってからは家なき子の状態でした。公園で眠るようになりました」

「そ、そうなんだ……」

 つまり、伯もホームレスだったということになる。どんな顔をすればいいのか悩んでいたが、彼は穏やかな顔をしている。

「豪雨の日だけはネットカフェに泊まっていました。父と二人でダンボールの家に暮らしていた頃は、寒い冬は野良猫を抱いて震えていましたよ」

「それは大変だったね。行政に頼れば良かったのに」

「父にも意地みたいなものがあったんでしょうね」

 いつのまにやら、伯は綺麗に食べ終えている。ごちそうさまでしたと丁寧に告げた後、眩しそうに目を細めたまま真帆を見つめた。

「生活苦に喘いでいた僕と父は追い詰められていました。でも、ある日、優しい女性と出会ったおかげで救われたんですよ」

 NPOとか、宗教系の慈善団体とか、そういう感じの人が親子に手を差し伸べたのだろう。
 
「ですが、実は、二ヶ月前から、父親は事故に巻き込まれて寝たきりになっているんです。父は、ずっと意識不明のまま目覚めないんですよ。犯人は轢いた後、父を放置したんです」

 ええーーー。

「それ、大変じゃないの。犯人は捕まったの?」

「はい。しかし、酒を飲んで無免許運転をした男は自分は悪くないと言い張るような奴でした。ですから、あいつは父の見舞いにも来ていませんよ」

 そんなの酷い。驚きと同時に憤りを感じて泣き出しそうになる。絶句していると、彼は、苦笑しながら肩をすくめた。

「うちの父親は運が悪いんですよ。そういう訳だから、こちらに採用してもらって助かりました」

 ひょっとしたら、入院費用で苦労しているのかもしれない。

「でも、うちのアルバイトじゃ足りないんじゃないのかな。それこそ、レンタル彼氏とかやると儲かる気がするんだけど」

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