ハニー・メモリー
「僕は、いずれ、大手企業で法務の仕事をしたいと思っています。真帆さんも利用したサイトの人材派遣のバイトは介護が中心です。そういうのって面接官に対してのアピールポイントになりますよね。僕って、あざといんですよ。ちなみに、半年前に僕の母親がささやかな遺産を残してくれました。三百七十万円です。これで、当面の家賃や学費の問題はありません」

 遺産という事は彼の母親は亡くなっている。淡々と語っているが、その目許は、どことなく哀しげに翳っているように見えたので真帆の顔も次第に翳っていく。

「母は父を捨てて男と同棲しましたが、どうやら、そいつに暴力をふるわれて別れたみたいなんです。七歳の夏から一度も会ってないんですけどね」

「やっばり、お母さん、息子のことを愛していたんだね」

「……それはどうかな。僕は、母よりも父の方が好きです。また、父と一緒に夕飯を食べるようになればいいのだけれど」

「若いのに色々と苦労しているんだね」

「そんな顔しないで下さい。僕は幸せに暮らしてますよ」

「そっか。何か、あたしに出来ることがあったら言ってね」

「真帆さん。お弁当、ありがとうございます。とても美味しかったです。それじゃ、僕、そろそろ行きますね」

 彼は、ニッコリと微笑んでから自分のデスクへと向かっている。その後、自分の執務室に戻った真帆は事務の仕事をしながらも、昨夜の、東堂の醜態を思い出さずにはいられなかった。

「Mってマゾの略語なんだよね……」

 つい、口に出して呟いていた。我ながら、馬鹿みたいだと思いながら、ネットでマゾの意味について検索をしていたりする。

 長い間、ずっと東堂を崇めて片思いをしていただけに、東堂への想いが胸にしつこくこびりついている。

 東堂は完全無欠でデートも完璧だった。街を歩けば、周囲の人達が、ほうっと吸い込まれるように東堂を見つめていた。

『あんな素敵な彼氏がいて羨ましい。マジ、美形じゃん』

『王子様ってリアル世界にもいるんだね。女の人もスタイルいいし美人だよ。あんなふうになりたいわ』

 見知らぬ女性にそんなふうに言われて、あの時は、まんざらでもなかった。

 やっと初恋が実る。死ぬほど好きな相手と結ばれる。キャーーー。最高。そんなふうにウキウキしていた事もあった。

 その悦びに浸っていただけに断られた時はへこんだ。そして、今も、この気持ちをどう処理すればいいのか分からない……。今の真帆は、迷える子羊という感じなのだ。

             ☆

 私生活は混沌としているけれど、明日、新たに生徒さんが二人も入会してくれるというので気分が上がる。エリカの母親がの知り合いのお子さん達は医者の息子さんだ。

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