ハニー・メモリー
『エリカのことでお世話になっているんですもの。これぐらい、当然ですわ。ちなみに、その二人は、うちの子と違って塾に行かなくても優秀なタイプです』

 優秀な生徒は大歓迎だ。夏期講習の人数も揃った。そして、幸いにも、新入りの伯は講師としての適正があったのか、それとも、真帆に東堂とのことを知られているので改心したのか分からないが、エリカは真面目に取り組んでいる。

 早いもので伯が来てから十日が経過している。伯は、見た目が清潔感もあり、教え方も適切なので生徒からの評判もいいようである。ややこしいエリカのことも手なずけているのだからたいしたものだ。 

 エレベーターが開くと伯が出てきた。

「真帆先生。こんにちは」

 おやおやっ。真帆は、大きく目を見開いた。いつもと伯の髪型と服装が違っている。

「どうしたの? やけにお洒落だね」

「今日は、高校時代の友達の結婚式の披露宴に行ってきました。その帰りです。二次会には行かずに、そのままここに来ました」

 なるほど。だから、いつもより華美な服装をしているのか……。眼鏡を外すとかなりのイケメンになるというのに、ここに来る時は野暮ったい眼鏡を装着している。生徒に、実はイケメンだということを悟られないように変装しているのかもしれない。

 真帆は伯の後姿を見つめながら、金木犀の甘い香りに浸されるような不思議な懐かしさを感じたのだ。

(あたしも伯の素の顔を見るとドキッとなるのよね……。ほんと、ギャップが凄いのよ)

 午後九時半になると生徒は退出する。真帆は女子トイレに入ったところ、ちょうど、エリカが個室トイレから出てきたところだった。目ざといエリカはにんまりと笑いながら囁いた。

「ねぇねぇ、王子先生ってさ、実は、国宝級のイケメンだよね。ジュノンボーイコンテストの最終選考にいてもおかしくないレベルだよね。それなのに、そういう自分を上手にカモフラージュしているの。ほんと、不思議な人だよね」

「そうね……」

「前から思ってたんたけど、真帆先生、コンタクトにしなよ。絶対、その方が美人に見えるってば! それにさ、ハイヒールとか履いたらいいのに」

「あのね、中学の頃から眼鏡なのよ。眼鏡がラクなの。ヒールは足が痛くなるから苦手なの。駅からここまで、けっこうあるし」

「お洒落は我慢って言葉知らないの? 真帆先生、磨くとゴージャスになると思うよ」

「ふふっ、あたしもデートの時はコンタクトにしてる」

「そうなんだぁ。先生、彼氏いるの?」

「……今はいないわ」

 だって、その人は、あなたとホテルに入っていたんだもの。チクリと嫌味を言いたくなるが何とか抑えた。自分が東堂にフラれたからといってエリカを責めるのはお門違いだ。とはいうものの、やはり、切なくてモヤモヤしたものが胸を濁している。

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