ハニー・メモリー
「もったいないなぁ。真帆先生、すごくいいお嫁さんになれると思うよ」

 エリカは思った事をポンポンと口に出す。あっけらかーんとした態度で話している。

「おじさんから聞いたよ。先生、おじさんの婚約者だったらしいね。おじさん、なかなか、自分の本当の姿を言い出せなくて悩んでいたらしいよ。そこんとこ、分かってあげてね。やっぱさぁ、Mですって言うのって恥しいじゃん。だけど、おじさんとしては妻には、厳しく締められたい訳よ。やっぱ、性生活って大事だもんね」

 確かに、ドMですとは言えないでしょうね。あんなにカッコイイのに、今も独身の理由は分かったわ。いや、しかし……。

「あなた、東堂さんに恋愛感情はないの?」

「ある訳ないじゃん。おじさんは下僕だよ。あたしはおじさんを踏むのが上手い女王様なの。ただ、それだけだよ」

 明るく断言している。

 罵倒や鞭打ちのプレイはやっているけれど、エリカにとって、コスプレやサバゲーのような感覚なのだろうか。

(ひょっとすると、あたしが男子相手に柔道の練習するのと同じようなものなのかしら……)

 よく分からないが、真面目に勉強して欲しいものである。

「いいから、道明寺さん、家に帰ってからも自習するのよ」

「ええーーー。勉強したくないよう」

「やらないなら、ママに、女王様活動をしていることを言うわよ」

「はいはい。分かりました」

 そんな会話を交わした後でフロアを巡回した。伯が、廊下で生徒の質問に答える様子を見ながら微笑んだ。伯はいい講師だ。雇って正解だった。

(彼は、よく働いてくれてるわ。助かるわぁ~)

 東堂にフラれた夜に、たまたま、伯と出会った訳だけれど、もしも、彼に会っていなかったら、真帆は、今頃、どうなっていたのだろう。

 自棄を起こして、他の男に絡んで処女を喪失していたかもしれない。

(伯が断ってくれたからいいけど。あたしは初体験を疎かにしていたかもしれないのね)

 そう思うとゾッとする。あの時、食事をした相手が伯で良かった。最近、しみじみ、そう思うのだ。

(それにしても、高校時代から憧れてきた先輩への想いは、どうやって忘れたらいいのよ……)

 ドMの先輩のことは、どうしても崇拝できそうにない。

        ☆

 伯が来てから三週間目に入ろうとしていた。長閑な土曜の正午。お腹がペコペコになってきた。真帆の隣に伯が座ると、トンとトートバックを置いた。そして、どこか照れ臭そうに弁当の包みを開いたのだ。

「見て下さいよ。僕も、お弁当を作ってみたんですよ」

 その中味はシンプルそのもの。ハムと卵とブロッコリーと白い御飯。

「蒸し器で食材を茹でただけなんです。真帆さんはのお弁当って豪華ですね」

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