ハニー・メモリー
「うん。作るの好きなんだ。学生の頃は他の子みたいにバイトしなくて済んで時間に余裕があったから、料理を趣味にしていたの」

 伯が物欲しそうに手元を覗いていたのでクスッと笑みをこぼした。

「あたしのおかず、好きなのがあれば食べていいよ。さぁ、どうぞ」

 鶏胸肉の黒酢餡かけを差し出す。

「それじゃ、いただきます」

 微笑んで受け取った。彼は、さりげなくおねだりするのが上手い。

「ねぇ、味はどうかな? 鶏の胸肉を油で揚げて黒酢で味付けしたものなんだ。お肉、パサパサしてない?」

 尋ねる真帆に対して、伯は、真帆の耳元で秘密を落とし込むようにして囁いている。

「あなたの柔肌と同じくらいジューシーで美味しいですよ」

「ぐっ」

 ホテルで鎖骨に吸いつかれた光景がまざまざと蘇ってきた。あれは黒歴史。サワサワと落ち着かない気持ちになる。

 きゃーーーー。やめて。そんなの、もう思い出させないでいいんだってばぁーー。恥しさに蒸されて頬が蒸したように赤くなる。真帆はドンッと伯の肩口を突き飛ばそうとしたが、手が届かない。反撃を予期して伯は後ずさって避難している。叩き損ねた真帆は悔しそうに焦れる。

「もうーーー、何なのよー」

「ふふっ、すみません」

 ニヤッ。意味ありげな微笑みが憎らしいったらありゃしない。しかし、真帆を脅すつもりもはなさそうだ。しかし、真帆に対して執拗にからかってくる。ひょっとしたら、伯は、S系男子なのかもしれない。

「あの夜、真っ赤なティーバックが小さなお尻に食い込んでましたね。もしかして、今もはいてますか」

「はいてません!」

 あれは、特別な日しか履かない。普段はユニクロよと、言いそうになった時、誰かが入ってきた。大学生のアルバイト講師だ。真帆は伯の横顔に顔を寄せながらコソコソと囁く。

「……やめてよ。誰かに聞かれたらどうするのよ」

「大丈夫ですよ。彼、イヤホンをつけて音楽を聞いてますよ」

 高身長のハーフの松平レオンは斜め前に座った。スマホの画面に釘付けになったまま、アンパンを齧りながら脚でリズムをとっている。

「あたし、飲み物、買ってくる」

 真帆はサッと立ち上がると、ビルのエントランスを出てすぐの舗道にある自販機の前へと向かった。そこの自販機でしか売っていない銘柄てあるクリームソーダーを飲みたい気分なのだ。すると、伯もテクテクとついてきた。自販機の前で振り向いた真帆は小声で言う。

「あのね、先刻のことだけど、他の人がいる前で言うなんて酷いよ。本気て怒るよ。もう、お弁当、あげないよ」

「すみません。でも、あなたは怒った顔も綺麗ですよ。はい、どうぞ。飲み物を奢らせて下さい」

 紅茶飲料を差し出してきた。クリームソーターの気分だが仕方ない。すると、彼は言った。

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