ハニー・メモリー
 何かあると、すぐに声をかけてくる。それに、伯は、真帆からお弁当のおかずをもらうと心の底から嬉しそうな顔になる。

(まっ、あたしのお弁当が好きなのかもしれないけどね……)

 それでも、悪い気はしない。何となく、最近はお肌に張りが出ているような気もする。お弁当を作る際には伯のことを考えて多めに作るようになっている。

 いっぱい食べて元気で暮らしなさいよ。そう言いたくなる。

 もしも、自分に弟がいたら、こういう感じなのかもしれない。


       ☆
  
 その翌週の午後三時半。塾に現れたエリカが真帆に声をかけてきた。今日も、東京ガールズコレクションから抜け出したようなお洒落な恰好をしている。

「真帆先生、ねぇーねぇー、今度の面接の時にママに医学部は無理だと言ってよ。お願いだよ。誰がどう考えても無理だよね」
  
「そうね。あなたの成績だと医学部は難しいわね」

「つーかさぁ、血を見るのは好きじゃないんだ。お魚をさばくのも、けっこう怖いんだよ。エリカ、誰かの皮膚にメスを入れるなんて無理だよ」

 つまり、根本的に外科なんて向いてないのである。

「本当は保育の仕事をしたいんだ。高校生の頃、実習で保育園にも行ったの。おしめとか替えるの得意なんだよ。泣いてる子をあやすのも上手いんだよ。あたし、子供が大好きなんだ。子供って我侭だから可愛いよね」

「我侭だから可愛い?」

「そうだよ。我侭だからいいんだよ。ポッキーのチョコレートだけ舐めてポイッと捨てる子とか面白いよね」

「……」

 そうなのか。そんなふうに思えるなんて、本当に子供が好きなんだな。

 ポッキーをポイされたら、真帆なら、コラッと言って怒ってしまうかもしれない。

「でも、なんで、ポッキーをポイ捨てするのかな」

「子供のやることに意味なんてないよ。本当に小さい間は、なーんも分かってなくてもいいんだよ。高校生にもなってポイ捨てしてたら、鞭で叩いておしおきするけどね」

 エリカという女の子は本当に不思議だ。子供っぽいように見えて不思議な包容力がある。これが、女王様の器というものなのかもしれない。

 真帆は少し声を顰めながらも尋ねずにはいれれなかった。

「ところで、東堂さんとは会ってないのかな?」

「うん。あれから一度も会ってないよ。でも、チャットはやってる。一日の終わりに言葉攻めしてあげるの。それぐらいはいいよね? 罵詈雑言は、おじさんの心の栄養源なんだもん。罵倒されると、おじさん、やる気が出るんだって」

 嗚呼ーーー。やめて。そんなの聞きたくない。でも、これが現実。夢が壊れちゃうわとへこむが、エリカは健やかに笑っている。

「やっぱ、息抜きって大事じゃん。年齢や性別を越えた友情っていいよね。あたしも誰かの役に立つのって嬉しいわ」

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