ハニー・メモリー
「あら、御立派ね。ひとつ聞きますが、あなた、高校時代に彼氏はいたのかしら」

「いえ、いません……」

「ほうら、やっぱり、学生の頃、勉強ばかりしていたのよね。そうでなきゃ、東大に合格するもんですか」

 断定的な母親の物言いにカチンとなる。

「あの、お言葉ですが、あたしは、ずっと部活動や生徒会の活動をしていましたよ。勉強ばかりしていても、精神的に破綻したら何にもなりませんよ。翼さんは真面目で努力家です。少しはお子さんを信頼してあげたらどうですか」

「失礼な人ね。うちの翼はいい子に決まってるわよ。でもね、斉藤悠馬は、あの女の子供なのよ」

 あの女って、えーっと、それはどの女ですか? 真帆は戸惑う。

 どういう事なのか分からないが、廊下で話すような事ではない。ひとまず、応接室へと連れて行こうとしたのだが、その時、スッと王子伯がどこからともなく現われた。

(えっ、何なのよ)

 真帆から母親を奪うかのように割り込んでいる。伯は、母親に微笑み、包み込むようにして話しかけている。

「初めまして。小野田翼さんのお母さんですね。僕、最近、翼さんと悠馬君を教えるようになった王子と申します」

 伯みたいな雰囲気の若い男に優しくされると嬉しいのかもしれない。真帆に対しては猛々しい母親が頬をポッと染めている。

「あら、あなたが先生なの……。あら、そ、そうなの」

 いつのまにか伯は眼鏡を外している。こうすると、嘘のようにイケメン指数がアップして、ジュノンボーイ系になる。包み込むように微笑まれたなら、たいていのオナゴはクラッとなる。むろん、四十路の母親も例外ではなかった。急に、しおらしくなっている。

「真帆先生、そこにいて下さいね。僕が話します」

 しかし、真帆はテンパッてしまう。

(えっ。ちょっと。どういうこと……)

 そのまま、伯は保護者面談の部屋に閉じ篭ってしまった。普段は猫をかぶっているけれど、こういう時の伯は有無を言わせないのだ。

 以前に、ホテルの浴室で真帆に冷水をかけた時と同じである。やけに超然としていて真帆を圧倒してしまう。

(どういうつもりよ。新入りのあなたには無理なのでは?)

 彼は、親御さんと何を話しているのだろう。ソワソワした面持ちで待つしかなかった。半時間が経過している。やがて、母親は妙に晴れやかな顔で出てきた。真帆が近寄ると、母親は澄ました顔つきで言ったのである。

「あらあら、お騒がせしました。この件に関しては自宅で娘と話し合うことにしましたわ。では、ごきげんよう。おほほほ」

 なぜか、母親はアッサリと帰宅しているのである。

(そっか。すんなりと解決したのね……)

 それにしても、どんな魔法を使ったのだろう。伯に尋ねた。

「どういう事なの?」

「……一言で言うと、お母様は更年期で苛々していたみたいですね」

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