ハニー・メモリー
 真帆は首をかしげた。ますます、分からん。

「大昔、斉藤君の母親が小野田さんの母親の彼氏を奪った事があったみたいです。ずっと、大学のサークル内での事を根に持っているんです」

「……はぁ?」

 あまりにも意外でポカンと口を開けていると、伯が語り始めた。

「遺恨ってやつです。でもね、普段は、そういうのは記憶の底に押し込んでいるのに、イライラした時に思い出すそうなんです。本人が、そこまで自白したというよりも、僕の推測ですけどね。何しろ、お母さんの話はあっちこっちに飛ぶもんだから……。分かり難かったんです。時系列を整理してみると、こういう事なんだなぁと分かりました」

「うっそー。そんなつまんない事で二人の交際を反対していたの? 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いの心境なの?」

「そうみたいです。そこまで吐露すると、急に恥しくなったのか静かになりました。更年期で気が立ってたみたいです。夫が単身赴任をしていて浮気しているかもしれないとか、そんな事も言ってました」
 
 伯は、持ち前のホスピタリティで彼女の鬱憤を聞き出したようである。何だか凄いと聞き入っている真帆に向けて言った。

「僕、とにかく、相手を褒めることから始めるようにしています。娘さんの洋服はとても可愛らしいのは、お母様のセンスを受け継いだんですねとか、そんな感じで話しかけながら、少しずつ聞き出しました。溜まっていたものを吐き出してすっきりしたんでしょうね。猫の毛玉と同じです」

 母親も、己のモヤモヤを伯にさらけ出したことで胸のつかえが取れたのかもしれない。

 真帆は、正論で相手を打ち負かすのは得意なのだが、女性のヒステリーを包み込むという手練手管を持っていない。

「でも、あの母親も、それならそうと言えばいいのに……。斉藤君の母親が憎いから息子も憎いんですって事を言ってほしいな」

 すると、伯が、ホワッとした声で告げた。

「本人も自覚していないと思いますよ。女性は、みんな自分の事を語りたがっているんです。その扉を開いてあげれば、彼女達は色々と打ち明けてくれます。あなたも、僕に打ち明けた事がありますよね」

 確かに、東堂に振られた夜、伯にあらいざらい語り、少しは楽になった。

「確かに、誰かに聞いてもらえて嬉しかったわ。今更だけどありがとう」

 伯は、真帆の顔を覗き込むとスッと頭に手を添えて小さく微笑んでいる。

「ほんと、あなたはいつも真っ直ぐですね」

 えっ。頭をポンポンとされるとドキッとなってきた。

 こういうのは少女漫画で見たことがある。家族以外に頭を撫でられたのは初めてだ。頬に熱がこもり、恥ずかしさが胸を染め上げていく。

「な、何やってるのよ?」

「すみません。僕は、綺麗なものを見ると触りたくなるんです。上等な絹糸みたいに綺麗な髪ですね。正真正銘のバージンヘアですもんね」

< 31 / 125 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop