ハニー・メモリー
「あのねー、君が言うと、何だか、いやらしく聞えるよ」

「やだなー。真帆さんこそ、いやらしいな」

 ハッとなる。いっけなーい。そんな事を話している場合ではないのだ。ここは職場だ。真帆はキッと軽く睨むと、伯は、すみませんと引き下がった。表情も態度もスッと入れ替えている。

「でも、また何かあれば相談に乗りますよ。では、これから、プリント作成しますね」

 彼は、さっさと仕事にきりかえている。彼は優秀だ。それに気遣いも出来る。伯といると、自分の方が幼いような錯覚に陥ってくる。

 と、そこに……。

「鐘紡さん、少しいいですか」

 廊下の向こうから事務員さんがやって来た。真帆の父世代の男性だ。備品のことで相談があるというので、真帆は、すぐさま対応したのだった。

(何にせよ、伯のおかげで助かったわ……)

 そして、今夜も滞りなく授業を終えることが出来た。この後は、講師から生徒の様子を聞き取るようにしている。毎日、こうやってミーティングを行なうのだ。

 こうして、真帆の長い一日が終わろうとしていた、今日も、よく頑張ったわと自分を褒めてあげたい。

 時期によっては深夜まで働く日もある。あとは家に帰って寝るだけになっている。エレベーターで一階に降りてビルの外に出たのだが、まさかと思った。

「せ、先輩……?」

 信じられないような面持ちのまま、フラフラと近付いていく。

 真帆の眼が最大限に見開いていた。ドクンッ。鼓動が加速していく。東堂が学習塾のビルの正面の舗道で待っている。しかも、真っ赤な薔薇の花束を抱えて微笑んでいる。

(あたしったら、勘違いしてたわ。あたしじゃなくてエリカを待ってたのよ)

 東堂は、もしかして、エリカと合流するつもりでここに来たのだろうか。

(エリカは、だいぶ前に帰宅しているのよ……)

 こんなところまで迎えに来るなんてどうかしていると文句を言おうとしていると、彼は、真帆に歩み寄ってきた。どうやら、真帆に用があるようだ。どういうつもりなのだろう。意図が分からない。

「先輩……?」

 やはり美形だ。キラキラオーラが半端ない。東堂が佇むと、平凡な舗道も欧州の石畳のように見えてくる。

 一般人では有り得ないようなカッコ良さに息を呑んでいると、薔薇の花束を差し出した。

「真帆、君に謝りたいと思っていた」

「えっ」

 中世の騎士が麗しき姫君にプロポーズすように膝をついている。下方から熱く見つめられている。この状況に面食らいながらも聞いていた。

「今更、君に、こんな事を言う資格はないのかもしれないが、君の事が忘れられないんだ」

 いやいや、今更、何ですか?

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