ハニー・メモリー
「結婚を前提に付き合ってくれないか。君に容赦なく投げられて目覚めた。怒った顔は薔薇よりも美しい。ああやって激しい感情をぶつけてくれるのなら、結婚できると感じたんだ」

 最愛の人からの言葉なのだが素直に喜べない。これはいまいち、嬉しくない。

「えーっと、つまり、そのう……、ドMだから投げられたり怒鳴られたりして嬉しかったってことですよね? 今後も、定期的に、あたしに叩きのめされたいという事ですか?」

「そんな単純な話でもないんだ」

 どこか、諦観のようなものが滲む声。

「色々と訳があるんだよ。まずは、僕の生い立ちから話さなければならないな……」

「あたし、ドMだからって軽蔑なんてしません。そういう性癖もありだと思います。だけど、道明寺エリカさんのこと、どう説明するつもりですか? あたしと婚約していた時も、裏では、あの子と会っていたんですよね」

「あの子は友達だよ」 

 東堂は泰然としているけれども、そんなふうに余裕をかまされると何だか憎らしい。

「あ、あなたは友達とホテルに入るんですか! 馬鹿にしないで下さい。ていうか、今も、チャットで繋がっているそうですね」

「あの子は性の対象ではないよ」

「そ、そんなの信じられません……」

 ふざけないで欲しい。メラメラと滾る怒りの矢が脳天を突き抜けていく。もう、嫌だ。

「あたしは本気で結婚したかったんですよ。それなのに、十代の子と何をやっているんですか! あたしにプロポーズするつもりなら、エリカとの縁を切るべきじゃありませんか。二度と、あの子と会わないと誓ってくださいよ」

「……あっ、いや」

 明らかに東堂は動揺している。彼は、フラッと立ち上がりながらも、モゴモゴと口ごもっている。

「何で、誓えないんですか!」

 嫉妬とは別の感情が真帆の神経を軋ませている。

(ちょっとーーーーーーーー。何なのよ。まだ、エリカと会うつもりなんですか! それは、人としてどうなんですかーーー)

 真帆は、反射的に詰め寄ると相手の腕を取っていた。斜めに身体を捻るようにして投げ飛ばしていく。ドッスン。東堂のしなやかに肉体が地面に倒れ込む。柔道のテキストのお手本のような一本背負いだった。

「先輩! 見損ないましたよ。もっと大人としての自覚を持ってくださいよ」

 強く正しい美しい。みんなの手本。みんなの王子様。そんなあなたが好きだったのに。

「どうしちゃったんですか。しっかりして下さいよ!」

 コンクリートに打ち付けられた東堂は仰向けの格好で倒れている。

 素人は受身を知らない。うっかり怪我をさせたのかもしれない。しゃがみ込んで心配していると東堂は感動したように溜め息を漏らした。

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