ハニー・メモリー
「嗚呼……。気持ちいい。こんな、素晴らしい技を持っていたのなら、もっと早く苛めてくれたら良かったのに……。もっと御褒美を下さい……。僕は駄目な子なんだ」

「うっ……」

 真帆は、メラメラと苛立ちを深めていく。

(なぬーーー。御褒美だとーーー。つーか、なんで、敬語なのよ!)

 どうやら、下僕のスイッチが入ったらしい。こんな形で好きだと言われても嬉しくない。せっかくもらった花束だ。ゴミになるといけないので綺麗な花束を片手て拾っていると、その時、ふっと背後から人影が現れた。

「えっ……」

 真帆の肘を掴んだ人がいる。振り向くと伯が立っていた。その手は真帆を捉えて放さない。

「真帆さん、行きますよ」

「えっ、ええーーー」

 もう、とっくに帰っていると思っていたのに、まだ伯がいたなんて……。ローソンの袋が提げられている。きっと、塾の隣のコンビニで買い物をしていたのだろう。それにしても、やけに強引に真帆の手を引いている。

 背後には東堂がいるので気になっていたのだが、伯は有無を言わせない様子で歩いている。

「早く、走って下さい」

 強く引っ張られた。走りながら振り向くと、東堂が打ち付けた箇所を押さえながら自分を追いかけてくる姿が見えた。

「真帆、待ってくれ。まだ話が……」

 真帆に追いすがろうとしている。しかし、真帆は立ち止まることが出来なかった。グイグイと伯にリードされていたからだ。

(ええー。何だろう。この状況は……。ちょっと、どうしたのよ)

 タタッと走りながらも、『卒業』という古い映画のラストシーンを思い出していた。やがて、表通りに出ると真帆の息が切れてしまった。もう走れそうない。真帆は繋いでいた手を放して立ち止まる。ヘロヘロになっ脚がもつれた真帆はハァハァと呻いていた。

「ちょっと休憩させて、あっ……」

 真帆は、前屈みになり、ガードレールの方へと背中を向けて休もうとする。

 その際に、うっかり、前から来た人と肩と肩がぶつかってしまった。すみませんと言いかけた時、洒落た服装の白髪の老人が胸に手を置いたまま俯いた。ドキッ。

 もしかしたら、真帆の革のハンドバッグが胸に当たったのだろうか。心配になり老人の顔を覗き込む。

「ごめんなさい。お怪我はありませんか?」

「いや、君のせいではない。うっ……」

 しかし、老人が胸に針でも突き刺されたように顔を引き攣らせて、全身を硬直させている。

「どうかなさいました?」

 老人がカクンと膝をついて呻いていたのだ。

 ひょっとしたら、タピオカを喉に詰めたのかもしれない。老人は喉元を押さえて悶絶している。お正月に餅を喉に詰めて死にかけた祖父の事を思い出して真っ青になる。あの時は、確か、網戸掃除に使う掃除機で対処したんだっけ。

「お、おじぃさん、しっかりして」

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