ハニー・メモリー
 東堂は、こんな事などはなんでもないかのようにクールに構えている。救急車のピーポーピーホーという音が遠ざかっていく。エリカと東堂はタクシーに乗り込み、救急車を追うようにして立ち去っていく。群集と共に見守っていた真帆は夢から醒めた子供のようにハッとなる。隣にいた野次馬が叫んだからだ。

「うおーーー。マジ、かっけぇーーー」

「マジ、イケメンじゃんか。テレビドラマの撮影かと思ったよ。あんな医者のいる病院に行きたいよう」

 みんな、素直に感心している。そうなのだ。東堂秀吉という男は社会人として完全無欠。本当に素敵なのだと叫びたくなる。

 ドクンッ。ドクンッ。真帆の心に往年のときめきが復活してきた。

 昔、真帆も東堂に助けられたことがあった。そう、あれは真帆が高校一年の夏休みの深夜のことだった。剣道の合宿をした際に、みんなで宿坊に泊まったのだ。

 なぜか、ニュルニュルとした虫のようなものが耳の奥へと入ってしまい困った。寝ている間のことなので、真帆はビックリして跳ね起きた。頭を振ったりし、飛び跳ねたりして虫のような異物を追い出そうとしたが無理だった。気持ち悪さに泣き出していると、東堂が東南アジアで寄生虫の研究をしていたという知り合いの医師に対処法を聞き出した。

 こう指示された。

『耳にタラリと油を流し込みなさい』

 言われた通りに東堂がオリーブオイルを慎重に投入して引っ張り出してくれたのだ。小さなムカデが耳の底にいた。その恐ろしさに真帆は震えて真っ青になった。

真帆、もう大丈夫だからね。泣くのはやめよう。明日も練習があるから休もうね……。そう言いながら、真帆の額をポンポンしてくれた。

『御迷惑をおかけしてすみません』

『いいんだ。真帆は何も悪くないよ。こんなの迷惑だなんて誰も思ってないからね。さぁ、いいから休むんだ』

 よしよし。頭を撫でてくれた。その優しさに胸の底までジンと熱くなった。これを機に恋心は一気に加速していったのだ。

(先輩は、あたしのヒーローなの……)

 東堂のカッコいいエピソードはまだまだ他にもある。

 真帆が高校二年の夏、真帆は熱中傷で倒れた。あの時も真帆のTシャツをめくって脇の下や首筋に氷を沿えて助けてくれた。冷たい氷が素肌を刺激して熱い身体が水に濡れたる。妙にエロチックでゾクゾクした。地面を焦がすような夏の午後。禁断のエロスの感覚をリアルに覚えている。

(先輩は、みんなに優しい。電車の中で痴漢に遭って困っている女子大生を救って、警察に表彰されたこともあったのよ)

 東堂との思い出が溢れ出して来る。エピソードを振り返るとキリがない。

「先輩……」

 やはり、あなたが好きです。あの夜のように頭を撫でられたいのです。そんな想いに駆られた時、伯が怒ったように真帆の手を引いた。

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