ハニー・メモリー
「いつまでも、ここにいても仕方ないですよ。行きますよ」

 伯に促がされながらも名残惜しそうに立ち止まる。視界の隅にあるものが気になった。

先刻、真帆は、老人の救護をする際に持っていた花束をの脇にホンッと置いた。ガートレールの根元に、それがゴミのようにポツンと転がっている。

(これは、彼が、あたしの為に買ったものなんだよね。先輩ほど薔薇の花束が似合う人はいないわ)

 花束を抱き締めると言い訳がましく呟いた。

「えーっと、これ、もったいないから花瓶に飾るわ。もう一度、やり直して欲しいって言われたの」

「あなたは、どう答えたのですか」

「そうね。戻れるならば、そうしたいのよ。あたし、そろそろ結婚するべきだし、彼と結婚すれば両親も喜ぶわ。でもね、彼は理想とは違うの。彼ってドMなの……。かなりディープな変態だったの。女王様に叱られたい人だったの」

 サラッと凄いことを告白したというのに伯は動じていなかった。スッと事実を受け取ると、アッサリと呟いた。

「ああ、そうですか。それも、彼の個性の一つでしょう。別にマゾでもいいじゃないですか」

 はぁ、いいのか?

「でも、あたしは困るの。どうしたらいいのかな?」

 依存するように見つめると、恐ろしく冷たい表情に変わっていった。

「……あなたは馬鹿なんですか。そんなことを僕に聞かないで下さいよ。そんなんだから、あなたは、いつまでたっても喪女のままなんですよ」

「えっ……?」

「僕は、これで失礼します」

 今日に、幕を下ろすかのように言い捨てられてしまい、言葉を失くしたまま立ち尽くしていると、伯は、冷たく背を向けて立ち去ったのだ。

「も、喪女……」

 一人、そこに残った真帆は呆然としていた。
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