ハニー・メモリー
 しかし、その為には母親を納得させなければならない。

「僕でよければ、相談に乗りますよ」

「それじゃ、この後、どう?」

 仕事終わりに焼き鳥やに行こうと誘うと素直についてきた。誰かと、こうやって飲むのは、本当に久しぶり。真帆は酒を飲むと饒舌になる。今日は前のように飲み過ぎないようにしようと思っていたのだが生ビールが美味い。奢るつもりでいたのに、それは嫌だというので割り勘にすることにしたのである。

 お座敷のある個室に案内された。ワイワイ、ガヤガヤ。背後の家族連れの声も筒抜けになっている。真帆は座布団の上で横座りになると伯のコップにコーラーを注いだ。

「まだ二十歳になってないの?」

「いえ、もう二十歳ですよ」

「ああ、そっか、誕生日、四月だったよね。履歴書を見た時、この人、おひつじ座なんだなって思ったのを覚えてる。それじゃ、もうビールも飲めるよね」

「父と同じです。お酒は弱いから飲まないことにしています。真帆さん、ここ、よく来られるんですか?」

「うーん、最近はあんまり来てないなぁ」

 大学生の時は、友達と、ここでワイワイと話していたけれど、就職した後は、年に数回、訪れる程度だ。とにかく、友人と会う時間がない……。

 本当は、特定のアルバイト講師と、このように二人で食事をするのは好ましくないのかもしれないけれど、伯は特別だ。恰好悪いところも見られているので、親友よりも濃密な会話も出来る。とはいうものの、彼について知らないことも多い。

「君は、学生同士で外食とかするの?」

「いえ、ほとんど外食はしませんね。子供の頃は父親が家事をしていたんですけど、僕も中学生になる頃には洗濯と風呂掃除をするようになりました。料理は、殆ど親父に任せてました。だって、親父はプロだから……。親父の作るラーメンもチャーハン、ほんとうに絶品なんです」

 そう言いながら、彼は、美味しそうに焼き鳥を頬ばっている。

「ねぇ、ずっと気になってたんだけど、君がヘルパーをやめたら、常連の方達は寂しがっているんじゃないの?」

「常連さんは三人いるんですけど、そのうちの二人は施設に入る事にしたようなんです。あとの一人の老婦人はこないだ亡くなってしまいました。施設に入った二人は、施設の方がお世話するので問題はないと思います」

「ふうん。そうなんだ。ところで、お年寄り相手のヘルパーって、どんなことをするの? 入浴とか食事の介護とかやるの?」

「いえいえ、そういうのは専門の方がしますよ。僕は、電球の取替えとかスマホの使い方のレクチャーとか、本の朗読とか、そういうことをしています。少し目が不自由になった老婦人の為に、毎回、朗読するのは自分も楽しかったですよ」

「そう言えば、王子君は、君に読む物語っていう映画が好きなんだよね」

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