ハニー・メモリー
「今はいません」

「でも、昔はいたんだよね。君ってモテそうだもんね」

「えっ、そんなふうに見えますか?」

「うん、小学生の頃からクラスの王子様だったんじゃないの? だって、名字も王子だし」

「いいえ。小学生の頃は、ぜんぜんモテていませんよ。暗くて貧しい少年だったし、それに、誰よりも貧しかったから」

「あっ……」

 そうだ。忘れていた。貧乏だったのだ。真帆が気にしたように顔を曇らせていると、伯は淡く微笑んだ。

「そうですね。中学生になった頃から、たまに告白されるようになりました。高校生の時、二歳年上の吹奏楽部の人と付き合っていました。その人は背が高くてスリムで真っ黒の髪が綺麗でした。僕は、初恋の人に似たタイプの人を好きになってしまうんです」
 
「初恋の人って、どういう性格なの?」

 すると、何とも言えない複雑な顔つきになり、ボソッと語り出した。

「僕の初恋の人は何事にも真っ直ぐで凛としています。僕が幼い頃、不良に絡まれた僕の父を救ってくれました。その人は僕より十歳も年上で、おまけに他に好きな男がいました。だから、彼女は僕がこんなにも深く想っていることに気付いていません」

「へーえそうなんだ」

「その人は普段は眼鏡をかけているんです。だから、僕も、高校生になってから眼鏡をかけました」

「それ、伊達眼鏡なの?」

「はい、そうです。視力はいいんですよ。子供の頃に、スマホゲームとかやってないおかげですね。小学生の頃は図書館で本を読んでいました。真帆さんの恋愛エピソードはどうなんですか?」

「これといって、特にないなぁ。東堂さん一筋だからね。東堂秀吉先輩に憧れ続けてきたの。彼、一筋だよ」

「僕も一筋です。僕の憧れの人は美しくて優しくて気さくな人なんだす。前以上に好きになっています。でも、その人は、ちょっと鈍いところがありますから、気付いてもらえそうにありませんね。ほんと、どうやってアプローチしたらいいのか悩みます」

 伯は、どこか照れたように言う。

「その人の事、いつも見ているんですけどね。片思いもいいものですよ。そんなことよりも、道明寺エリカさん、本当は保育士の資格をとりたいみたいですよ。母親は外科医になる事を望んでいるようですが、どう考えても、あの子には無理です。万が一、医学部に入れても、医師免許の試験も受かるとは限りません」

「そうだね。解剖の実習とかした時点で、あの子、逃げ出すと思うわ」

「無理に医学部を目指すべきではないですね」

 やはり、伯も医学部を目指すべきではないと結論を出している。伯が、真帆のグラスにビールを注いでくれた。

 ビールの泡を見つめたまま真帆もしみじみとした声で言う。

「道明寺さん本人もストレス溜めてるみたい。何とかしてあげたいんだけどね」

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