ハニー・メモリー
 共通の話題などないと思っていたが、意外なことに会話は弾んでいる。二人とも同じ小説が好きだった。それに、子供の頃、お互いに近くに住んでいた事が分かった。

「あたしが子供の頃、図書館の前にクレープのワゴン車が止まってたんだ。あれ、美味しかったな」

「覚えてます。あのクレープ、生地は蕎麦粉を使ってましたね。もちもち、フアフアで生地がメインのクレープでしたね」

「あとさぁ、図書館の前の駐車場でフリマやってたよね。あたし、出店したことがあるんだ」

「はい、覚えています。僕は、出店はしたことはないけど、古本の辞書を買いました」

 真帆はワインをしこたま飲み続けており、レストランを出る頃には完全に酔い潰れていたのだが、彼が、肩を支えてホテルの一室まで送り届けてくれたので助かった。

 普段から。老人や障害者を介助しているというだけの事はある。途中、道端にしゃがみ込んで側溝で嘔吐していると、彼は、ずっと背中をさすってくれたのだった。

(ヘルパーさんって、さいこーじゃん。拾太郎をレンタルして正解だったな)

 だらしなくホテルのベッドにうつ伏せになると、それを見守る彼が告げた。

「帰りますね。もう、今夜は飲んだら駄目ですよ」

 もうすぐ十時。一礼して立ち去ろうとした拾太郎を引き泊めようとして叫ぶ。

「待って! まだ駄目だよ。寂しいの。日付けが変わると誕生日なの。あたしったら、三十歳になるのよ。ちーっとも嬉しくないわ」

 ゴロンっ。真帆はダブルベッドの上で回転して大の字になると投げやりに呟いた。
 
「あたし、いい歳してキスもした事ないの。去年、コンパで言ったら、みんながドン引きしてたわ」

 いつも、仲のいい友達にこう言われてきたのである。

『あのさぁ、真帆は理想が高過ぎるんだわ。東堂先輩クラスの男なんて滅多にいないよ。その年でバージンっていうのは、もはや、恥でしかないよ。とりあえず、誰でもいいから付き合ってみなさいよ。キスぐらいは体験した方がいいと思うな』

 高校時代から色んな男子と付き合っている女友達は真顔で聞いてきた。

『真帆は、生理前にムラムラしたりとか、女性向けのAVとか、過激な漫画に興味ないの?』

『ないわ』

 今までは、女性向けのエッチな漫画を読んだ事がなかった。しかし、三十路を目前に迎えた真帆は焦ったのである。男女の営みとは何ぞや……。何も知らぬまま挑むのは心細い。

 いよいよ、東堂との初エッチ。予行演習としてTLというジャンルの漫画を読んところ、合体の生々しい絵柄に度肝を抜かれた。セックスすると、そんなにも強い快感か得られるものなのかと驚きながらも身体の奥で何かが芽生えたのが分かった。

 高校時代、東堂は、女子生徒に好みのタイプを尋ねられた時、こんなふうに言っていたのである。

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