ハニー・メモリー
「だけど、結婚はゴールではありません。それに、は全能者ではありません。夫自身が経済的に破綻することもあるいということは、あなたか誰よりも理解しているはずです」

「……」

 この父親は誰よりも深く言葉を受け止めている。今は、我を忘れてイラついているけれど、自分のことを客観視することの出来る人だ。話せば分かる。ぜひ、分かってほしい。

「結婚をしてもしなくても、女性にも生活力があれば生きる為の武器になります」

 こうして話していても、しょっぱい感情が溢れてきて辛くなる。この父親だって、本当は娘のことを応援したかったんだもの。

 妻を亡くしてから、男手ひとつで娘を育てている。可愛くない訳がない。一年前に面談した時、この人は、娘がいかに賢くて優秀かを自慢していた。この人だって、本当は娘に進学してもらいたいけれども、どうしようもないのだろう。それを知りながら、真帆は言わずにはいられなかった。

「娘さんは、この塾でもトップクラスの成績なんです。それなのに、夢を諦めて、あなたの生活を支えるつもりでいます。あなたは親としてそれでいんですか」

「別に、娘に頼ろうなんて思ってねぇぜ」

「それなら、娘さんを大学に行かせてあげて下さいませんか。どうか、お願いします。あの子は進学すべきです」

 しつこく食い下がると、父親は苦渋の表情のまま娘を進学させると言ってくれたのである。でも、塾は辞める。

 今後、自分に出来る事はもうない。真帆は自分の財布にあるお金を父親に返還しながら告げた。

「もしも、無謀な取り立てをされたり、万が一、娘さんに危害を加えられそうになったなら迷わずに助けを求めて下さい。祖父が無料で相談に乗ります。祖父は、元、検事なんです」

「あ、ありがとよ」

 父親が帰った後、ぼんやりしたまま廊下進んでいると、真帆を気遣うように伯が話しかけてきた。

「真帆さん、顔色が悪いですよ」

 真帆派は、自分の執務室に戻ると打ち明けた。

「あの子、父子家庭なの。娘さんは自分を犠牲にする覚悟は出来ているの。それが分かっているのに、あたしは、父親に無理なことをお願いしてしまった……」

 本当にこれで良かったのだろうか。娘も就職して父の借金返済を手伝うべきだったのかもしれない。父親が頑張り過ぎて倒れたりしたら、結局は娘に負担がかかってしまう。

「真帆さん……?」

 ポロッと涙をこぼしていた。真帆は鼻を啜りながら言う。

「日向さん、すごくいい娘なの。自宅ではもったいないからエアコンは使わないって言ってたわ。ジュースも自販機で絶対に買わないの。いつも水筒を持ってくるの。神様って不公平だよね。あんなに健気に頑張ってるのに……」

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