ハニー・メモリー
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「やっぱり、エリカ。真帆先生に東堂のおじさんを渡せないな」

 それは、伯が真帆に告白した翌週の放課後のことである。一人、タクシーから降りるエリカの手には『とらや』の羊羹の紙袋がさげられていた。

 一度は、東堂とは距離を置こうと考えたりもしたけれども、やっぱり、そんなの無理だ。祖父を助けてもらって以降、以前のようにチャットのやりとりが復活している。

『おじぃちゃんを助けてくれたお礼に、今度、叩いてあげるね』

『ありがとうございます。エリカ様』

 二人は相性バッチリ。言うなれば、蜂と花のような関係である。

 昨年、受験に失敗してからというもの、エリカは精神的に追い詰められていた。病院を継がなければいけない事は分かっているけれども外科医に向いてない。それなのに、ママは分かってくれない。エリカに病院の未来がかかっているのだと脅されてきたのだ。

(おじさんと出会わなかったら、エリカ、屋上から飛び降りていたかもしれないよ……)

 東京ガールズコレクションのランウェイを進むように、颯爽とエリカは病院の五階の角部屋へと入った。この病院には心臓外科の専門医がいるので安心だ。

「はぁーい。おじぃちゃん、気分はどう?」

 エリカの祖父の道明寺卓郎。彼は、一度は死にかけたのだが、今ではすっかり回復している。

「心配ないぞ。のんびりと過ごしとるよ。おまえこそ、どうなんだ?」

「国語と歴史以外は、ぜーんぶ駄目なの。数学とか、ほんと嫌い」

 いつもなら、塾の自習室にいる時間。だけど、自習なんてまともにしたことはない。

 エリカは女子トイレの個室で動画を見ている。

 一日でも塾をサボるとママに叱られてお洋服を買ってもらえなくなるから、ここにいるのだ。

(あーあ、花の女子大生の友達は大学のコンパを満喫しているのにさ。なんで、エリカだけ塾に行かなくちゃいけないのかな)

 エリカは祖父の傍らで羊羹を頬張りながら思い返していく。

 祖父が倒れたのが四日前。

『おじいさんの容態はどう?』

 昨日、真帆に尋ねられたので、元気ですと答えると、心の底から真帆はホッとしていた。

(真帆先生って、ほーんといい人なんだよね)

 真帆は鶴の化身みたいな美人だが色気はない。おっちょこちょいだ。彼女は、長い髪を無造作に一つに束ねてドタバタと忙しそうにしている。生徒の何気ない変化や表情も逃すまいとしている彼女はとても善良だ。 

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