ハニー・メモリー
 昨日、伯の様子がおかしかった。意識が別のところにポーンと飛んでいた。真帆と何かあったのだろうか。伯は、いつも真帆の姿を瞳で追っているけれど、その視線が美しい獣のように熱っぽくてマジでエロイのだ。もはや、目で真帆を犯している。真帆がいない場所でも、正確に真帆のヒップラインを描けるに違いない。きっと、深夜、寝る前は真帆の事を頭に浮かべて一人でエッチしているに決まってる。伯は恋する男そのものだ。

(真帆先生、王子先生と付き合えばいいのに……)

 そうすれば、真帆は東堂と結婚しなくて済む。最近のエリカは焦っていた。昨日、東堂がチャットでエリカにこんな事を告げたからだ。

『真帆のことを祖母は気に入っているんだよ。どうしても、真帆と仲直りしろと言うんだ。僕もいい歳だから結婚しようと思っている。自分の性癖を理解して賛成してくれるのなら真帆とやり直すつもりなんだ』

 あの時、エリカの心が不安定にキュッと揺れた。

『結婚したら、もう、エリカとは会えなくなるね』

 昨日寂しそうに東堂が言った。あの瞬間、エリカの足元が揺らいだ。

 なんで、会えなくなるのよ。そう言いたかったけれど、エリカにも分かっている。今の二人の関係は、世間の人からは理解してもらえない。

 切ない。東堂に会えないと思うだけで、心のおさまりがつかなくなる。ジワリと胸の奥に何かが滲む。

 秋の夕暮れにポツンと投げ出されたような気持ちになってしまう。ぼんやりと涙ぐんでいると、祖父が言った。

「そう言えば、わしが入院していると聞いて、半時間前に美作君が見舞いに来たのだよ」

 美作猛(五十七歳)は、エリカのママの元夫である。ママとは没交渉だが祖父と美作の年賀状のやりとりは続いているようだ。

「彼の一人息子は中学三年生生になったらしいぞ。将来早稲田の医学部を受ける予定だそうだ」

 ママの元夫は有能な外科医師なのだが、エリカは美作のことは殆ど覚えていない。慶応の医学部を卒業しているけれど、陰気で退屈な奴だったようである。ママと夫は、約、十年、祖父の医院で働いてきた。

 ママは夫と離婚する際に財産分与のことでおおいに揉めたという。その結果、一人娘のエリカが医院を継がない場合、別れた夫の新しい妻が産んだ子が、その医院を継ぐ権利を得るという内容になってしまっている。

『あいつ、別れる時、エリカは医学部になんては入れやしないって言いやがったのよ。キーッ、くやしい。ママは、あの病院をあんな奴に渡したくないの。いいねわ。エリカ、頑張るのよ!』

 あれ以来、エリカを取り巻く世界は灰色になっていた。息が詰まって死んでしまいそうになっている。そう、何もかも美作が悪い。

(別れたママの夫は、いずれ、祖父の医院を乗っ取るつもりなんだよね。そういう企みを持って離婚したんだよね)

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