ハニー・メモリー
 そういえば、かつては祖父がエリカのお馬さんだった。エリカの指示通りにペルシャ絨毯を上を這い回ってくれた。頭をパコンと叩かれるとヒヒーンと哀しげに鳴いてくれる。

 それが面白くてエリカは魔法のステッキで祖父のお尻をペンペンした。今、思うと、ドSの英才教育はそこから始まっていたのかもしれない。

(おじさんと別れたくないな……)

 哀しい気持ちで落ち込んでいると、祖父がほんわりと目を細めた。

「そう言えば、東堂秀吉君は末っ子のようだな、東堂君を婿養子にすればいいのではないかな。むろん、おまえと彼が良ければの話だがね……」

「えっ、婿養子?」

「旦那さんが医師ならば、おまえが医師にならずともいいではないか」

「おじさんと結婚……?」

 どうして、今までこんな簡単な事に気付けなかったのだろう。

 キラリンッ。こんなにも素晴らしい逃げ道があったとは……。おじさんと夫婦になれば、エリカは永遠におじさん専属の女王様でいられる。

「おじぃちゃん、最高! それつて、ナイスアイデアじゃん。うん、そうしよう」

「わしが見たところ、おまえたちは運命の赤い糸で結ばれている。Mは繊細でありながらも贅沢で我侭なのだ。Mというのは、極上のSだけに心を開く気高き生き物なのだよ」

「運命……」

 自分でも、東堂との出会いは、偶発的なものだと思っている。そして、いつのまにか、彼との関わりかせ自分の生活の一部になっている。

 実は、昨日の夕刻に、ちょっとした事件が起きている。アルコール中毒のヤクザが入院していたのだが、そいつが急に暴れて果物ナイフを振り回したのである。

 酒を出せと周囲の人を恫喝していた。こいつはマジでヤバイ。エリカは、祖父の個室にそいつが入らないように扉の前に立っていた。アル中の男の目はぎらいていた。そいつは病棟を飛び出してエレベーターに乗ろうとした。その時、東堂が廊下に飛び出して一喝したのだ。

『そこで何をしている』

 ナースの悲鳴を聞いて駆けつけてきた東堂は長いモップを構えていた。どうするのかと思い見つめていると、お得意の剣道のテクニックでパンッと男の攻撃を振り払うようにして手元を強打したのだ。

『ぐっ』 

 犯人は呻いていた。ポトリと凶器がリノリウムの白い床に落ちた。その瞬間、凶器を爪先で蹴ってスコーンと遠ざけたのだ。

 あっという間に、そいつに覆いかぶさり完全に動きを封じたものだから、遠巻きに見ていた周囲がどよめいた。

 目にも止まらぬ早業だった。エリカの胸がきゅんと乙女チックに弾けた。男は観念したのか静かになり、そのまま警察に連行されていった。すると、近くにいた小太りの掃除のおばちゃんが拍手を叩きながら、乙女の様に黄色い声で東堂を称えた。

『東堂先生、カッコいいわぁ、ああ、スッキリしたわ。お見事でした~』

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