ハニー・メモリー
 二十歳そこそこの若いナースが少し離れた場所から東堂を見上げてウットリしていた。東堂に抱かれたいという願望が垂れ流しになっていた。

 患者、看護師、清掃のおばちゃん。女はみーんな東堂のファンななのだ。その時、八十七歳になる老婆の患者が、廊下の片隅で両手を合わせてブツクサ言いながら拝んでいた。

『男前じゃ、ありがたや、ありがたや~ 眼福じゃ~』

 彼こそが美神。そんな光景を見ているうちにエリカの頬が高揚して気持ちが燃え上がってきた。 

 ハイスペックで美形。手術の腕もいい。患者さんに対して礼儀正しくて優しい。看護婦さんに威張ったり媚びたりもしない。すべてにおいてバランスがいい。

 そんな東堂を他の女性に渡したくない。だって、おじさんはエリカにとってなくてはならない人なんだもの。

(おじさんは、エリカと一緒にいると幸せなんだよ)

 ホテルからの帰り道、エリカと二人で焼き芋を半分ずつ食べたり、屋台のラーメンを半分ずつ食べた事があった。

『おじさん、おいしいね』

『そうだね』

 普段の東堂は無口だが、時々、長い物語でも語るように子供の頃の思い出を語ってくれることがある。特に印象に残っているのはこれだ。

『僕が生まれたせいで母親が亡くなった。おばぁ様も育ての親である伯父夫婦も僕のせいで苦労したに違いない。おばぁ様は必死になって僕が私生児である事を隠してきた。おばぁ様は、時々、僕の母親の写真を見つめながら泣いている。きっと、生きていてもらいたかったんだと思うんだよ。僕は、なぜ、この世に生まれてきたんだろうって、昔から、よく考えていたよ』

 そういう時は、すぐにエリカは罵倒して励ましてきた。

『なに、しけた顔してんだよ! 生まれた理由なんてエリカ様に会う為に決まってんだろう。伯父さんやばぁちゃんに申し訳ないと思うなら、てめぇが恩返しすりゃいいだろう!』

 ゴツンッ弁慶の泣き所を蹴ってあげると、とても嬉しそうに呻いてくれる。でも、エリカは暴君じゃない。東堂が前に進めるように愛の鞭をふるっているのだ。東堂は根っからのヒーロー気質だ。

 ヒーローの日常は過酷なので弱音を吐きたくなる日もある。例えば、少年ジャンプの主人公はみんな、敵と闘い痛めつけられて傷だらけになっている。それでも前に進もうとする男達は美しくてエロイ! 痛めつけられても、それを糧にして前進する男こそが真のヒーロー。

 エリカは壁ドン男子なんて好みじゃない。男は、好きな女の為にクタクタになって疲弊するべきなのだ。だけど、壁ドン男のサービス精神は理解できる。

 いいタイミング相手の心を揺らしてあげる。それが恋の作法というものだ。

 エリカは、東堂の為に女王様の技を究めたい。愛する女性の支配されて尻にひかれる事こそが男の花道。

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