ハニー・メモリー
(エリカは、おじさんの最高のバディのつもりだったんだよ……)

 でも、最近、それ以上のものを感じている。ほんやりしていると孫の背中を押すかのように祖父が告げた。

「ああ、そうだ。良い事を思いついたよ。今度、ホームパーティーに彼を招待してやるぞ。何としても一線を越えるのだ。いいな、月々の排卵日を把握しておくのだぞ」

「結婚する前に妊娠していいの?」

「かまわん。一体、何の問題があるのかね? おまえのママなんてホストと浮気していたんだぞ。いいか、東堂君を何としても夫にするのだ。そうすれば、おまえは自由の身になれるのだよ」

「自由……」

 レ・ミゼラブルの歌が高らかに脳裏に響き渡り、続いて、『ショーシャンクの空に』という有名な映画のラストシーンが目に浮かんできた。

 去年からずっと友達と遊べない生活が長く続ている。カラオケ店で、力いっぱい、あいみょんの歌を熱唱したい。エリカは数学は苦手だけれど、お裁縫は得意なので、前みたいに自分のお洋服を作ったり編み物をしたい。

「エリカ、おまえは、もう泣かなくていいんだよ」

 エリカの祖父も心痛めていた。二世帯住宅で祖父は三階で暮らしているのだが、時々、エリカが二階の部屋のベランダで嗚咽している事を知っている。

「おまえと東堂君が結婚したら、おまえのママも悦ぶぞ。何しろ、東堂君は、ママと比べても遜色の無い腕のいい医者だからね」

「……でも、ママ、なんで。最初からエリカにお医者さんのお婿さんを見つけようと思わなかったのかな」

「それはだな、自分が好きでもないエリート医師と結婚して、死ぬほど後悔したからなのだよ。娘に、そんな地獄を味合わせたくなかったのだよ」

「ええーー。エリカ、勉強する方が地獄だよ」

「うむ。人それぞれ、地獄の定義は違うのだな……」

「だけど、あの人、二十歳未満の子とエッチはしないって言い切っているの。躾けに厳しいおばぁちゃまの言いつけを守ってるんだってさ」 

「おおっ、そういう枷があるのも風流だな……。いいか。わしには分かるのだ。東堂君という駿馬を調教できるのはおまえだけなのだ。自信を持ちなさい」

「うん。エリカ、スーパードクターと結婚する。おじぃちゃんの医院を末永く守ってみせるよ」

 美味しい羊羹を食べ終えるとエリカは清々しい顔つきで病室を出ていった。

(よーし、頑張ろう。おじぃちゃんの為にも負けられないよね……)

 だが、ふと心細くなっていた。東堂本人の気持ちよりも、彼の人生の決定権を握っている気難しい祖母の梅を何とかせねばなるまい。そうだ。あの梅がいる限り、自分と東堂は結ばれないのかもしれない。

(だけど、だからって、おばぁ様を暗殺しようなんて思わないけどね……。エリカ、そんな悪い子じゃないもん!)

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