ハニー・メモリー
「もちろん、君が、僕の性癖を知って失望したのは分かっている。前に、君をフッた理由は、こんな僕の本当の姿を知ったら、君が、失望すると分かっていたからだ。君は、昔から、僕を過大評価してきた。でも、僕は、こんなふうにしか生きられないんだよ。これが、僕なんだ。君を失望させたことは詫びるよ」

「いえ、別に謝るようなことではありません」

 むしろ、勝手に崇めて理想を押し付けて浮かれている自分が悪かったとも言える。

「これまで何人もの女性とお見合いをしてきたが、おばぁ様が気に入ったのは君だけなんだ。君は、本気で僕を慕ってくれているよね。そして、僕の家族のことも大切にしてくれる。君は、素敵な人だよ」

 確かに、真帆は東堂を愛していた。しかし……。

「僕は、君とやり直したい。だから、迎えに来たんだ。さぁ、デートしよう」

 そう言うと、車は動き出した。東堂が華麗に運転するベンツは閑静な住宅街を抜けている。

「どこに行くつもりですか? おばぁ様のお見舞いに行かなくていいのですか」

「まずは、デートをしよう。君の好きな梟カフェに行こう。高校の頃、梟が好きだと言っていたのを覚えているよ」

「ええーーっ、覚えてくれていたんですかーー」

 たちまち、真帆の心がキラリンと煌めいた。

「そりゃ、覚えているさ。君は、生徒会室で、よく話していたね。クレヨンしんちゃんの映画が好きだって。それに、君の飼っていた犬は捨太郎だったかな。君が生徒会にいてくれた時、とても仕事がはかどった。いつも、君は頑張っていた。君は、僕を上手に支えてくれた。本当に助かっていたんだ。君なら、きっといい奥さんになれるよ」

「せ、先輩」

 まさか、そんなふうに思っていてくれていたなんて……。生徒会室で何気なく話したことも、きちんと覚えてくれている。キュンキュンキュン。たちまち胸が熱くなる!

「腹を割って、正直に言うよ。僕は、もう何年も前から恋人はいないんだ。こんな自分をさらけ出せないでいたけれど、君の前では油断して、みっともない姿を見せている。僕は、君のことを信用している。言っておくが、僕は、誰かに殴られたら無条件でうっとりする訳ではない。君の一撃が僕を撃ち抜いた。そういう素敵な君と人生を共にしたい」

「そ、そうなんですか」

 不思議なもので、そんなふうに言われると嬉しくなる。殴ってよかった。投げ飛ばして正解だった。

「ねぇ、真帆。無理強いはしないよ。僕の事を嫌いになったのなら仕方ない」

「い、いいえ、嫌いになったりしていません!」

 犬は信用している相手だけに腹部を見せる。ということは、東堂も、真帆を信頼して、あんなふうにドMな姿を見せたということになるんじゃないのかしら。

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