ハニー・メモリー
『真帆さん、あなた、秀吉と結婚したら、お仕事をやめられるかしら』

 一番最初にお見合いした時、梅に尋ねられたのだ。あの時、辞めますと即答している。

 真帆は、東堂に人生のすべてを注ぐつもりだった。その並々ならぬ情熱を梅は感じ取っていたらしい。

 文化祭も部活の合宿も真帆は東堂を支えてきた。

 あの頃、いいコンビだった。きっと、結婚生活も上手くやれると伯に会う前の真帆はそう思っていたのだ。 

(だけど、先輩のドMな性癖を、どうやって満たせばいいのかしら……)

 よく、ラジオのお悩み相談で、『夫は優しくて真面目な人です。わたしは夫のことが好きだけど、セックスはたくありません』なんて投書の葉書が読まれることがあるけれど、夫婦の愛情の土台として最も必要なものって何なのだろう。

 真帆には、性的嗜好がとんなふうに夫婦の生活に影響するものなのか分からない。

 夫婦生活に正解なんてないような気もする。きっと、互いに模索して築き上げるものなのだ。

 東堂は結婚しようと決意している。結婚したら、彼は、いい夫になるだろう。そして、理想の父親になるだろう。それは真帆にも分かる。 

 梅のお見舞いの後、病院のロビーを進んでいると、年配の看護師が声をかけてきた。

「あら、東堂先生、綺麗なお嬢様と御一緒なんですね。もしかして、彼女さんかしら」

「彼女は婚約者の真帆です」

「あらあら、そうなんですね。あらー、ほんと、お似合いだわ~」

 年配の看護師の甲高い声が耳に届いたのか、若いナースがうっと嗚咽を漏らした。

 推し医師に婚約者がいると知ってショックだったのだろう。

 東堂という人間が、いかに人を惹き付けるのかは、真帆が一番、よく知っている。

 東堂は、本気で真帆と結婚するつもりでいる。その覚悟のようなものはヒシヒシと伝わってきた。

 病院を出た後、二人はレストランで食事をした。東堂の本気度がヒシヒシと伝わってくる。いつも満席のレストランを東堂が予約してくれているという。

 東堂は運転するのでワインは飲んでいないが、真帆が美味しそうに飲む様子を見つめながら言った。

「真帆は白ワインが好きだね、でも、一番好きなのはビールだよね。ジュースの中ではパイナップルジュースが一番好きだったよね? そして、好きなスイーツは抹茶のケーキだよね」

 その通りだ。東堂は、以前に真帆が呟いた些細な言葉も記憶している。更に、帰りの車の中で東堂は言ってくれた。

「遅くなってごめん。君の誕生日のプレゼントだよ。あの時は渡さなかったけど、事前に買っておいたんだ」

 手渡されたのは真珠のピアスとネックレスだった。真帆のサラサラした黒髪と真珠の対比が美しい。

 嬉しくて胸が破裂しそうになる。真帆は感極まったように言う。

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