ハニー・メモリー
 来週の金曜日。真帆は彼とホテルに向かう。ついに、処女を奉げる日が来るのだと思うとドキドキして、興奮に似たものが胸を膨らませたのだが……。

 人生はチョコレートボックス。後日、思いがけないことか起きてしまうのだ。

       ☆

 週末。職場でエリカに話しかけられていた。

「真帆先生、何、そのメイク? つーか、その服もハイブランドだね」

 上下、幾何学模様のワンピース。パリコレモデルっぽい攻めたデザインのお洋服だった。しかも、足元はピンヒール。塾の自動販売機の前でエリカに見抜かれてドキッとなる。

「もしかして、おじさんとデートなの? ねぇ、結婚するって本当?」

「結婚は、まだ分からないけれど、仲直りしたの」

「もしかして、今夜、初エッチするつもりなの?」

「な、何を言ってるのよ。ほらほら、王子先生が待ってるわよ。早く行きなさい」

 誤魔化したつもりだったが、ハイエナ並に目ざといエリカは真帆の計画に気づいたようだ。

 悟られまいとして平静を装いながら言う。

「今夜は、女友達と飲むの」

 真実を透視する様にねめつけているエリカと真帆の間に奇妙な緊張感が立ち込めている。

 別に、後ろめたいことなどしていないのにソワソワしていた。何か言いたそうにしているエリカを振り切り、自分のデスクに戻る途中、立ち止まりLINEの文字を読み返す。

 塾が終わったら、東堂が車で迎えに来てくれることになっていた。塾の裏手にあるパーキングで待ち合わせをしているのだ。

 今日の真帆は、お泊りセットの入った小さなボカトンバックを持参している。

 実は、出勤した時、伯は、チラリと真帆のボストンバッグに視線を向けていたのだ。

「真帆さん、その荷物、何ですか? そこに着替えでも入れているんですか?」

 そう尋ねられた真帆は、頬を赤らめがら何でもないわと誤魔化している。

(今夜、お泊りする予定だけど、明日、ホテルから出勤するから着替えを入れてるのよね。だけど、そんなの言える訳がないわ)

 東堂を好きなエリカ。真帆を好きな伯。

 この二人には悟られたくない。

 それから半時間後。真帆が、いそいそとテーブルの書類を束ねていると、午後九時過ぎに東堂からデートをキャンセルするというメールが届いた。なんと、彼の病院に急患が来たというのてある。

『すまない。お年寄りの女性が、ひどい腹痛を訴えている。もしかしたら、盲腸かもしれない。今、検査しているところだ。そのままオペすることになるかもしれない。今夜はキャンセルして欲しい』

 実は、エリカの祖父が孫のエリカに頼まれて真帆と東堂のデートを阻止しようとして、知り合いの老女を送り込んだのだが、そんな裏事情があることを真帆も東堂も露ほども知らないのだ。

 真帆はメールで返答する。

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