ハニー・メモリー
 それなのに、今の伯は追い詰められた囚人の様に暗い顔をしている。真帆は、羽を掴まれた哀れな妖精のように身動きがとれなくなっていた。それても、逃げようとすると、彼は、切り込むような勢いで真帆の身体を回転させて執務室のデスクに押し倒したのだ。

「きゃっ!」

 その時、デスクにある固定電話が鳴った。塾のホームページを見た生徒志望の人やアルバイト希望の大学生からかかってくる。

 あるいは、新たに塾に入ろうとしている親御さんからの問い合わせかもしれない。大事な顧客を逃す訳にはいかない。

 真帆は、腕を垂直に上げて反射的に受話器をとると、オドオドとした声が聞こえてきた。ホームページで講師募集を見たんですけどと告げられたので、真帆はハキハキと告げた。

「はい、担当者の鐘紡です。そ、そちらのお名前を教えて下さい」

 仰向けのまま電話による対応をしていた。少子化である。アルバイトの講師を募集しても、いい人材が得られないようになっている。

 個別指導の講師は、見た目が爽やかで優しい物言いをする人がいい。電話で話している限り、この女性は内気そうだけど誠実な感じがする。

『あのっ、あたし、前に普通の塾の講師をしていたんですと、個別指導と普通の塾とは、どういう違いがあるんですか』

 そんな質問に、真帆は的確に答えようとした。

 さすがに、こんな状態なら、伯は何もしないだろうと思ったのが間違いで……。ギクッと心臓が跳ね上がる。なんて事なんだ。伯は真帆のブラウスのボタンを外している。

 やめてと言いたいが、息を呑むほどに美しい彼の瞳に引き込まれる。

 伯の唇が真帆の肩に吸い付いている。キュッと皮膚に痣が咲いている。キスマークの花が身体に刻み込まれていると意識すると足元から頭の天辺にかけて奇妙な身震いが走った。伯の濡れた唇が、怯える真帆の素肌をたおやかに滑るように胸元へと移動している。

 優しいキスの雨。優しい愛撫。唇によって凌駕されている。

 ピクッと震える。でも、バイトをしたいという大学生との会話を続けるしかない。頭と身体がバラバラになる。頭がぽーっと煙っている。だけど、身体だけが敏感になっている。伯の指や唇の動きに翻弄されている。

 真帆の声音が甲高く上擦りそうになる。声だけは仕事に徹そうとする。

 伯は、真帆のフレアースカートの中に手を入れると太股に顔を寄せて皮膚を吸うようにしてキスを繰り返したのだ。そして、素足にもキスの雨を落とし始めている。

(やだ、うっそーーー。やだーーー)

 伯は、真帆の靴下をポイッと脱がせた。足の裏にキスしている。しかも、真帆の足の指を愛しそうに舐めている。

(この子、変態なの? もしかして、足フェチ?)

 これじゃ、まるで、エッチ漫画のワンシーンみたいだ……。

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